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修行
「ねえお父さん、私、音楽の塾に行きたい」
鮎川町歌声自慢大会の一週間後、夕食のテーブルで、咲はお父さんにお願いした。
「行かせてやってよ。姉ちゃんすごく歌うまかったし。結構美人で、俺のクラスでも大会を見に行ってたやつが、お前の姉ちゃんがうらやましいって言ってたんだ」
6700円のスニーカーで買収した康太が援護射撃する。
「咲、あなた陸上部はどうするの。小学校から続けてきたんでしょ。それに、そろそろ受験勉強も始めないと」
お母さんはいつも反対する。
「分かってる。部活は辞めない。スマホも、夜8時没収でいいから。その分勉強する。これでいいでしょ」
「ま、まあそれなら」
「近くの音楽教室なら通っていい。お父さんがレッスン代を出そう」
「やった。お父さん大好き」
「普段お父さんの着たものと一緒に服を洗濯されたくない。って言ってる人に大好きって言われるとはね」
「それとこれとは別」
焼き魚をはしで器用につまみながら、お母さんが口を開く。
「芸能界みたいなところを目指すのには、反対なんだけどねえ」
「別にそういうことじゃないだろ。純粋に、歌声大会で同年代の女の子に負けたのが悔しかったんだろう」
お父さんが反論した。
芸能界か。テレビやネットの、遠くの存在だった。けれどプロのレッスンを受けて本当に『上手く』なったら目指せるかもしれない。
咲はふと持ち上がった野望に思いをはせた。
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