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夕焼けの空が赤く染まる。日は沈みかけても、真夏の気温は汗をかくほどだ。今頃恵ちゃんと芽衣子ちゃんはカラオケか、バスケ部をやっているんだろう。
そう思いながら、咲はカバン一つを持って、秋月音楽学校の扉を開けた。涼しいエアコンの風が吹き込んでくる。
咲はレッスン場を見渡した。大きなガラス張りの部屋が並んでいる。一番近くの部屋が見える。上半身はだかのピアスをつけた若い男性が、一心不乱にドラムを叩いていた。
ドラムの音は全く聞こえない。完璧な防音部屋だ。
緊張しながら、受付のカウンターにむかう。利用届を出すと、金髪のおねえさんから、「3番スタジオに行ってね」と案内された。
3番スタジオは、8畳ほどの大きさで、カラオケよりも高価そうなマイクが一本立っていた。ネットで見た、プロが音楽を収録するのに使っていたマイクにそっくりだ。
「お願いします」
咲は分厚い、透明なドアを開けた。
金髪で、若く、優しそうな先生が立っていた。
「トレーナーの裕也です。よろしく」
にこやかに握手をもとめる。咲は顔かたちのよい先生に右手を差し出した。
「早速だけど、実力はどのくらいかな。自分の評価で構わないから教えてもらえないかい?」
「ええと、鮎川町歌声自慢大会、準グランプリです」
「そりゃすごい」
裕也先生が目を見開いた。
「そうだな。じゃあ、得意な曲を一曲歌ってもらおうか」
咲は裕也先生に促されて、マイクの前に立った。
カラオケ音源の曲が流れる。
咲は平常心を心がけながら全力で歌った。
「うん、いいね。さすがは入賞者だ。こと声量に関してはいうことなしだ。まだ中学2年生。これから身体が成長するから、さらに大きな声を出せるはずだ」
裕也先生が拍手した。プロに認められた。嬉しい。
「当面の課題は息継ぎだね。君はブレスの音がマイクに入る。プロでもたまにいるんだけど、息を吸い込むところで、スッ、と音を立てちゃうんだ。それってすごくもったいない」
そこが弱点だったのか。
ということは、弱点さえ克服できれば凛に追いつけるかもしれない。
「これから、よろしくお願いします」
咲は頭を下げた。
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