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新星歌手コンテスト
咲はコンテストに向けて、冬休みと春休みを返上して、秋月音楽学校に通った。
コンテストで歌う曲を、裕也先生と慎重に選んだ。
曲は、壮大なバラード。咲はロングトーンと息継ぎの滑らかさに加えて、曲に感情を乗せる技術を学んだ。
裕也先生の言葉では、「中学生とは思えない成長と歌唱力」だ。
ゴールデンウィークが明け、木々の緑が濃くなるころ、コンテストが開幕した。中学生限定のオーディションのため、中学3年の咲は年長者になる。周りは幼く見えた。
控室を見渡すと、やはり三石凛がいた。涼しい顔をしている。当然か。咲が勝手にライバル視しているのだから。
大会が始まる。
二度目の大舞台だ。咲は深呼吸をした。陸上部では、本番に強かった。オーディションでも同じなのだろう。心臓のドキドキは止まったし、客席が良く見える。
「3番、三石凛さん。どうぞ」
凛の名前が呼ばれる。ステージ中央のマイクへゆっくりと歩いてゆく。
豪華なヴァイオリンの調べがホール内に響いた。
咲は思わず「えっ」と小さくさけんだ。この曲は、咲が歌う予定の曲だったからだ。歌唱曲は、事前に提出してある。それなのに、曲がかぶった。ラクミュージックは、咲と凛を競わせるつもりだ。
凛は笑顔を浮かべて、のびのびと歌う。目の前に荘厳な景色が見えるようだ。凛は確実にレベルアップしている。咲は、果たして自分が凛の背中に追いつけるか、不安を感じた。
「それでは15番、霧島咲さん」
咲は司会に呼ばれて、ステージの中央に立った。曲かぶりの動揺はおさまっている。審査員の顔がよく見える。コンディションは最高だ。
得意曲で凛には負けたくない。
咲は秋月音楽学校で培ったものを全て出し切った。全身全霊で歌った。
「それでは、審査結果を発表いたします」
ドリンク休憩の後、咲や凛を含めた20名の歌手志望者が壇上に集められた。
「新星歌手大賞、三石凛」
会場が拍手にわく中、咲はまたしても凛に後れをとったことが悔しくて仕方がなかった。どっと疲労感に襲われる。冬と春、二つの長期休みを、友達と遊ぶ時間を削ってまで練習に打ち込んだ。それでも負けた。あとは一体、何をすれば勝てるというのか。
「三石さん、明日、親御さんを連れて事務所に来るように」
凛が笑顔を浮かべた。
咲は、凛は大会で2連覇したら家族が歌手デビューOKしてくれるんだっけ、と記憶をたどった。凛とオーディションで戦い、常に負ける敗北感を味わうことは無くなった。けれど、歌手デビューは、凛が手を伸ばしても届かないほど遠くへ行ってしまったことを意味する。
「特別賞、霧島咲。特典は高校生の部、予選免除。ぜひ弊社のオーディションを受け続けて下さい。きっと芽が出ますよ」
暖かい言葉も、咲には空疎ななぐさめにしか感じられなかった。
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