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霧島咲のカラオケ
「嗚呼、ずっとあなたを愛してるー」
霧島咲はカラオケマイクを握り、肺が潰れそうになるまでロングトーンを続けた。高音が、強く、長くこだまする。
「すごーい。咲、天才じゃん」
「めっちゃいい声。事務所とかに応募しなよ」
親友の恵ちゃんと芽衣子ちゃんが拍手をし、褒めちぎる。
「はっ、ありがと、もしかしたら、マジで応募するかもしれない」
咲は息を整え、友人の言葉にこたえた。
カラオケ店は中学生入場禁止。校則で決められているが、咲たちは無視している。芽衣子ちゃんのお姉さんが経営を手伝っているから、芽衣子さえ連れていけばフリーパスなのだ。
クラスの秀才の子によれば、これが『便宜を図る』ということらしい。
中学校の制服さえ着なければ、中学2年の咲や恵もカラオケ店に入り放題だ。咲たちがクラス内で所属するグループは、積極さと最先端を重視している。今日もばっちり化粧をしてきた。たとえ先生でも、高校生と見間違えるだろう。
「ねえ咲、今度これに出てみれば?」
芽衣子ちゃんが2WAYトートバッグから、一枚の紙を引き出した。
咲はチラシを受け取り、ながめてみる。
『鮎川町歌声自慢大会 7月1日日曜日開催 参加資格は中学1年生から。
特別審査員、鮎川町出身、藤堂あゆみ
グランプリ 賞金10万円 他、順位に応じて記念品あり。エントリーは下記ホームページから』
「咲ならいけるんじゃない。それに、生で藤堂あゆみと会えるんだよ。凄くない?」
恵ちゃんが後押しする。
藤堂あゆみは、3年前にプロデビューした歌手だ。発表曲は10曲を超え、YouTubeでは再生回数1000万を超えている。すでに新人の域を超え、売れっ子の存在となっている。
「私が見つけたコンテストなんだから、10万儲けたらちょっとは頂戴ね」
芽衣子ちゃんが小声で言う。
「分かった。私、出てみるよ。あゆみさんと話すチャンスがあれば、最高だし。賞金出たら、みんなで焼き肉行こう」
「ああ、もう、咲、愛してるよ」
「私も」
恵ちゃんが抱き着いてきた。
一拍遅れて、芽衣子ちゃんも抱き着いてくる。
エアコンで冷えた室内でも、咲には二人の暖かさが伝わってきた。
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