4人が本棚に入れています
本棚に追加
「よーしよしよしよしよし、ラミ君は今日もかーぃーねぇー」
都内某所。大通りから少し外れたところにある三階建てのビルの二階。
いきつけの猫カフェで、今日も私はラミ君を喫している。
「ふるふるふるふるふるラミ君ふるふるふるふるふるふるふる」
コラットという種類の青い毛並みが美しい猫。ラミ君はこのお店の一番人気である。その緑色の瞳と一度でも目が遭うと、どんな人間でも直ぐにもうなんかダメになってしまうのだ。
「うひぃ、もぉーきゃわゆいのう、きゃわきゃわじゃのう」
人間の面の皮などあっさり取り去ってしまうモショモショの前足。スラーっと形の良いしっぽ。いい年齢した大人がみんな揃ってだらしなく相貌を崩し、トロットロの喃語でご機嫌を伺う。猫に手練手管などはなく、ただただ澄ました顔でいるだけで、誰も彼も理性を蕩かしてしまう。
ここは、それが赦される場所。
「ラミ君のことがねぇ?みんな大大大しゅきだからぁ、この時間じゃないと会えにゃいのぉ、ねーねーさみしぃーにゃぁ」
猫カフェでの痴態は総て、なかった事にする。
ルールではない、マナーである。が、それが破られる事はない。みんな同じ穴の狢だから。
「ワシャワシャワシャワシャぁ」
今は平日昼間。店内には私の他に二人程客がいて、各々が推しの猫に脳みそを溶かされダメになっている。沢山の猫にモテたいような人も当然あるが、この時間に来る人は大体意中の子がいて、他の人と被らない時間を狙って来店している。
ラミ君は競争率がハンパないので、私は定員さんにラミ君の空き易い時間帯を予め聞いてから来るようにしている。予約が出来ないのが歯痒い。月二回の平日休みをここに充てて、ラミ君が他の人と一緒にいるところを見せつけられた時には悔しくて泣きそうになる。私はラミ君一筋なので、とぼとぼと家路につき、翌週の仕事に影響が出るほどに落ち込む。
今日はラミ君が空いていた。なんて素晴らしい日なのだろう。
「んふーぅん、ふぅ、ふぅ、ラミくぅーんふぅーん」
私ホストとかに嵌ったらおしまいだろうなぁ、とか、考えながらニマニマしていると、
「えぇ、ラミ君ダメですかぁ」
カウンターから悲鳴(もはや悲鳴といってもいいだろう)が聞こえた。
私は、優越感にほくそ笑む。
むふふ、ダメダメ。お譲り出来ません絶対にお断りです。明日から頑張るために、今日はラミ君を存分に『吸う』のだから。
性悪?なんとでもどうぞ。寧ろ見せつけてやろうと私がカウンターに目を向けると、
「そう……ですかぁ…」
ひどく落胆した様子の中年、いや、もう老年に差し掛かってそうな男性と、ちらり目が合った。
中々のイケオジである。少し細身過ぎるが高身長、糸を貼ったように目が細く、やや目立つ大きさの鼻にかかる黒縁眼鏡。ロマンスグレーまであと少しのオールバック。
視線に、恨めしそうなものを感じない。きっと穏やかな人なのだろう。
「ああ、いえ、思わず駄々を捏ねてしまった。すみません、また伺います」
ほう、浮気しないタイプですか。
顔を正面に戻し、店員さんに丁寧に挨拶をするイケオジ。そこまで物分かりが良いと却って心が傷む。
どうしようか。ご迷惑かも知れないが、
「あのぉ…」
少し父に似てたので、
「シェアでいいなら」
ナンパしてみた。
最初のコメントを投稿しよう!