act.2 騒がしい異邦人

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   自宅に戻り二階の子供部屋に行く。  今、勉強机のあるスペースにはひかりと鷹だ。真也はさっき帰ってきたから風呂かな。  真也と言えば、先日高校も無事に卒業したことだし、じいちゃん宅の二階に個室を用意しようかと思っていたら当の真也に断られた。鷹とひかりが心配だから今のままで良いと。  相変わらず優しい兄ちゃんだ。 「あ!父ちゃんしゅっちょうおつかれさまでした!おかえりなさい!」  俺に気がついた鷹が言ってくれる。その挨拶はママから習ったのかな、うん、北家の出張から帰ったよ。 「ああ、ただいま。宿題か?」 「うん、ひかりねーちゃんに見てもらってる」  下の兄弟をすぐ上の者が見るという出雲家の伝統は変わらない。ただこの二人、実は甥と叔母だが。 「拓兄、鷹は算数は得意だけど国語が苦手みたいよ。特に漢字をよく間違えるの」 「そうなのか?」  宿題ノートをチェックしながらひかりが頷く。 「いっぱい本を読むといいよ、お母ちゃんの絵本は面白いよ」 「うん!」  返事は良いんだけどね鷹は。じっとしてるのが大の苦手だもんな。  ひかりは母ちゃんの娘だけあって読書が大好きだ、母ちゃんの絵本も大好きで、よく美音とその絵を真似て絵を描いてたりもしている。  けれど鷹はただ座っているのが苦手。学校の授業で一番得意な科目はやはり体育だ。その次は算数やら理科やらの理数系、頭の中は完全に俺似。  今は良いけど、出来ればゆくゆくは英語を覚えてくれないかな。ナバホのじいちゃんと少しでも会話をさせたいんだけど。  英語の歌は好きみたいだし、今のうちからもうちょい英語に触れさせたいが無理強いは良くないもんな。 「じゃあもう少し頑張ろうね鷹、次はこの問題ね。漢字の読み方を書いてみようね」 「は〜い」  邪魔しちゃ悪い、俺はその場を静かに離れて三階の自分達の部屋に向かった。 「お疲れ様でした」  部屋着に着替えていたら美音がやって来た。 「ただいま、心配を掛けたな」 「ううん、大丈夫」  そっと後ろから俺を抱き締めてくれる美音だった。  本当にホッとするな、美音の温もりは。 「昨日はお母ちゃんが泣いちゃって大変だったわ、お父ちゃんが部屋に連れて行っちゃった」  想像がつく、全くもう。 「相当嬉しかったんだと思うよ。拓海は幼い頃からスキンシップが苦手で、いつも抱っこしたいお母ちゃんから逃げ回っていたもんね」 「そうだったな」  それでも諦めない母ちゃんに結構追い掛け回されたけど。  美音が引き取られてからは、美音が俺に引っ付いているせいでその機会が無くなったから諦めたようだった。  やっと出雲の家族に慣れて来た美音や、元から母ちゃんの抱っこが大好きな凪紗と真也がいつも嬉しそうに抱っこされていたっけ。  全く昔から俺達を可愛がるのが大好きな母ちゃんだったから。 「多少オーバーには言ったけどな、なんせ初対面の妹だったし。だけどあの子と名前が繋がっているのには驚いたよ」 「名前が?」 「ああ、彼女の日本名のミドルネームが俺と同じ漢字を使っていた。拓"海"と"海"瑠璃だ。日本人感覚だと聞き慣れない名前だけどな」 「まぁ、ミルリ…可愛いわ」  美音がその腕を緩めた。 「兄妹と分かるように母親が名付けたそうだ。漢字で書かなければ意味が無いけど」 「そんな事は無いわよ、きっと日本人ならわかるわ」    いや、やはりその点は思い込みだと思う。 「ねぇ拓海、そのお母さんが拓海を引き取るのを諦めた理由って聞いた?」 「いや」  その辺りの事情は親父達からも聞いていない。  そういえばどうしてだろう、かなりしつこくやり合っていたようだったのに。 「お母ちゃんだよ」  え?それはどういう… 「うちのお母ちゃんが向こうのお母さんに自分の絵本を送って、そのお母さんと国際電話でちゃんとお話をしたんだって。それはお父ちゃんに聞いたからお父ちゃんもその内容までは知らないみたいだった。でも説得したって感じじゃなかったらしいよ」  うちの母ちゃんは俺に売れない絵本作家認定をされている。  けれども不思議な事にその暖かな作風に根強い人気があり、昔からの熱心なファンも多いらしい。悠里もその一人だ。 「うちのお母ちゃんの事だから、きっと一生懸命にお話したんだと思う。自分が拓海をどれだけ大好きか、これからも家族としてどんな風に愛していきたいか。二度と拓海をひとりにしないって事も」  母ちゃん。 「お母ちゃんはいつだって一生懸命だもんね、私の時もそうだったでしょ。子供の為なら何者からも絶対に逃げないとても強い人よ」 「うん」    そうだった、俺達はそんな母ちゃんに一生懸命育てられたんだ。 『拓海待ちなさ〜い!抱っこさせてよ〜!!』  スキンシップにとことんこだわる母ちゃんから、俺はずっと逃げ回っていたけれど。  それでも大好きだったんだ。いつだって笑顔で明るくて、優しい母ちゃんが。 「仕事は違っていても同じ芸術家(アーティスト)だもの、お母ちゃんと向こうのお母さんに通じる物があったのかな」  今度、母ちゃんの売れない絵本作家認定を少し改めよう。  我が家の芸術家枠の始まりは、ちゃんと母ちゃんだった。  
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