act.2 騒がしい異邦人

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 その日も遅く帰った親父が少し遅めの晩酌を始めた。そのタイミングを測って俺もリビングに降りてソファーに座る。 「珍しいな」  親父が俺を見て言う。 「うん、たまにはね」  昨日に引き続き、少し呑みたい気分だからね。 「ほら」  今日の親父はウイスキーか。美音が持って来てくれたショットグラスにそれを少しもらう。 「親父よ」 「ん?」 「昨日はありがとう」  ああ、と親父はグラスを空けた。 「別に運転手をしただけだ、働いたのは真也と父さんだな」  いや、二人からも話は聞いたよ。親父が実は夜中に駅前の方を歩いて彼女を探してくれていたって事。 「今日は事務所にデュポア伯爵本人から電話があった。例の違約金を支払うとかまだ言ってるから、迷惑だから二度と連絡してくんなって着拒だ着拒」  弁護士事務所が電話を着信拒否…それ、良いのかな。時任さんに怒られなきゃ良いけど。 「だが骨髄移植とは俺も彼女から事情を聞くまで知らなかった。親族間以外の通常の骨髄適合率はかなり低い、まぁこればかりはいくら金持ちでもな。フランスで骨髄提供者(ドナー)がなかなか見つからず、だから日本で探したそうだ。割とすぐに見つかったから良かったものの、そのままだったら拓海にも連絡が来たかもな。それでも親子間の骨髄適合率は他人同様にかなり低い」  そうだな、適合検査を受けて欲しいとの連絡は無かった。  それだけ母親が誓約書の件を大事に思っていた証拠だろう。確かにクリスの件はイレギュラーだった。 「だが兄弟間の適合率だけは1/4だ。お前も覚えておいた方が良い」    カイおじさんとの事だよね。今では当然の様にそれを言う親父だけど当時はきっと大変だったに違いない。  カイおじさんの方が、その当時の話をする度に未だに涙ぐんでいるもんな。 『兄さんが助けに来てくれた』って。  クリスとの適合率は1/4か。万が一の時の為に彼女の方がそれを覚えていてくれればそれで良い。  これからも幸せに過ごしてくれればそれで良い。 「あ、そうだ親父、ちょっと耳に入れておきたいことがあるんだ。北の事なんだけど」 「どうした?」  こっちの話も俺達には大事な話だ。 「北から悠里をナバホに連れて行きたいって相談があったんだ」 「ナバホ?そんな遠くに大丈夫か、今の悠里はあまり遠出をしないんだろう?」 「ああ、今でもリハビリを頑張っている。だから北がご褒美をあげたいってさ」 「そうか、体調に問題が無いなら良いが」  親父の眼が優しい。北兄妹を気にかけているのはみんな同じだ。 「俺達がナバホに里帰りする時に一緒に行こうと思ってるんだ。今度の夏休み辺りにどうかと思ってさ」 「ああ、そろそろナバホのじい様に鷹を会わるのにもいい時期だ」  やっぱり親父はわかっている。 「またなにか良い土産を用意しよう。そういえばNYはどうする?」 「美音がカナ姉に会いたがってるし、御巫のじいちゃんご夫婦にも鷹を会わせたい。北に相談しながら日程を組むよ」  NYを先にするか後にするか。  先にすれば一緒にNY観光も出来るけど、悠里の体力的な事を考えれば欲張らない方がいい。  その時はNYを後に回して、北兄妹を帰りの日本行き飛行機に乗せてから自分達だけで行くつもりだ。 「そうか、くれぐれも悠里の無理にならんようにな。楽しい旅になるといいな」 「うん」  NYに行きたい理由は他にもあるんだけど。  鷹の昔の事件で、今でもお世話になっているミッターマイヤー本家のカール大伯父さんにお会いしてきたいのだ。なんせ結構な額の賠償金の運用を丸投げしている。  一応うちのじいちゃんと一緒に色々やってくれているらしいけど、やはりご挨拶と顔見せは礼儀だろう。  じいちゃんのキャロルお母さんもまだまだお元気だから、やはりご挨拶はしたい。まだハイハイ赤ちゃんだった鷹を抱いて、とても喜んでくれたおばあちゃんだ。  それに毎年鷹宛に届く遠いアメリカからのクリスマスカードやニューイヤーカード。鷹がそれをどれだけ楽しみにしているのかを本人の口から御巫のじいちゃん達に直接伝えたい。  全く俺の息子はアメリカに会わせたい人間がやたらと多い。  本人には身に覚えのない事ばかりだろうけど、それでもあの当時から鷹を愛してくれた人ばかりだ。  やっぱり英語を学んでくれないだろうかと、父ちゃんは密かに思っているからな。      さて、この夏はきっと忙しくなる。今のうちから十分に準備しよう。 ce3dd8e1-edce-4423-a052-032f8d8031aa  終わり  
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