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その日私ーーー、いや、"俺"は前世を思い出した。
それと同時にこのままでは婚約者である第二王子を貴族でもないビッチ(♂)に奪われる運命にあると。
新雪のように清らかな銀髪と澄み切った青空のような瞳。日焼けを知らない張りのある白い肌。どこまでも清廉な印象を与える外見は、この国の全ての令嬢が羨むものだろう。
外見だけで無く振る舞いや性格もそうあるべきだと、幼い頃から言い聞かせられてきた。
だから記憶を取り戻す前の俺は、兎に角大人しく綺麗なだけのお人形だった。
この国にとって伴侶へ従順に尽くす事は美徳とされている。だから俺の行いは正しいものだった。しかし婚約者たるジェフリー殿下にはそれが退屈だったらしい。
貴族でも無いたかが商家の三男の、何処の馬の骨とも知れない男にコロリと騙されたのだ。コリンと名乗るその男の、赤い髪と黄色い目は前世の記憶にある林檎の色と良く似ている。健康的な肌の色に、明るく奔放な性格は記憶を思い出す前の俺とは真逆だろう。
物珍しさからジェフリー殿下が興味を示すのも無理は無い。
本来なら多少の"火遊び"くらい目を瞑っても良かったかもしれない。
俺たちの婚約はあくまで政略的なもの。ジェフリー殿下も本来ならそれくらい分かっているはすだ。
物珍しさからコリンとの逢瀬に夢中だが、飽きるまでそう時間はかからないだろう。
だけどそれがほんのひと時の遊びで済まない事を俺は知っている。
この世界は、書籍化、アニメ化を果たしたウェブBL小説の世界と非常に酷似している。
大まかな流れはひょんな事から異世界トリップした主人公が、癒しの力を与えられ、使命を果たすため世界中を旅すると言うよくあるストーリーだ。
因みに前世の俺は特に腐男子でもなかったが、アニメが神作画で話題となった為一通り見ている。美麗な戦闘シーンもあり、SNSでは「いつからこれがBLだと錯覚していた?」とTLによく流れてきていた。
そして俺のいるこの国も、主人公が訪れる国の一つとなっている。
どこまでも続く銀世界と、かつて美しかったであろう街並み。雪に包まれたこの国は、しかし主人公が訪れた時には見る影もなく荒廃していた。建物の多くは破壊され、寒さに震える孤児は後を絶たない。
仲間の剣士から聞いていた国の様子とあまりに違い戸惑う主人公は、崩れかけた民家の影に蹲る青年と出会う。これが俺だ。
この国の現状とその原因を主人公に伝え、どうにか助けてほしいと懇願し俺はその後息を引き取る。癒しの力をまだ自由に使えない主人公が己の無力に打ちのめされる瞬間だ。剣士が主人公への想いを自覚する大事な回でもある。
因みにアニメだと俺が登場していたのは10分にも満たない。脇役と言えど主人公の悲劇性を高め、能力を上げるためのイベントとして俺は重要な存在だろう。
そしてこんな国の窮状を作り出したのがコリンだ。とは言えコリンも真の悪役に利用されていたに過ぎないのだが、王家を内側から崩し、破滅へと導いた事実は翻されない。
ーーージェフリー殿下とコリンの火遊びは、我が国を滅ぼす。
それにこのままでは俺も死ぬ。
ただの脇役として、物語に刺激を与えるためのスパイスとして。
ではそうならない為にどうすべきか?
答えは一つ。
そもそもの原因は、殿下が童貞だったからだ。
婚前交渉なんてもっての外。
この国では婚約者だろうとキスはおろか手を繋ぐこともはしたないとされる。町で恋人繋ぎをするのは、日本で言うところのパンイチで町を闊歩するのと同等の恥ずべき行為である。
しかし性欲を持て余したある種健全なジェフリー殿下は、コリンの手管にコロリと転がされる。
そうは言ってもコリンも所詮この国の人間。入れる擦る出すが一般的な、よく言えば淡白、本音を言えば糞つまらない作業的な営みが当然とされるこの国の性知識に、海外からHENTAI国と称賛される日本人の知識を持つ俺に敵うはずが無い。
正しい童貞の殺し方なんて、一つだろう。
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