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「リオン様、お目覚めですか」
掛けられた声に、はっと我に帰る。
そこで俺はようやくベッドに横になっている事を思い出した。
身体を柔らかに包み込むベッドを名残惜しく思いながら、重力に逆らい上半身を起こす。
ベッドの横に立つのは側近で、倒れる際俺の身体を支えてくれた男でもある。今こうして怪我一つ無いのも側近のおかげだろう。
「ご無理をなさらず、どうか横になったままで」
「いえ、それより私はどれほど眠っていたのだろうか?」
「半日ほどです。どこか痛む箇所はございませんか?」
「大丈夫、特に痛む場所もない。強いて言うなら少し喉が渇いているから、水が欲しい」
心配そうな表情を浮かべる側近に、俺は安心させるよう微笑む。しかし彼の眉根の溝はより深いものとなり、眼光はさらに鋭くなる。
俺の儚い見た目の所為で、こうなる原因となったジェフリー殿下へ憤りを感じているのだろう。
そもそも俺が倒れた原因は、ジェフリー殿下とコリンが乳繰り合っている所を目撃したからだ。
ジェフリー殿下の執務室の近くには、俺の実益を兼ねた趣味の一つであるハーブ栽培のための温室がある。よりによってその温室を二人は逢瀬の場所として選んだ。程よく適温に保たれているので、殊に及ぶには向いていたのだろう。
ベンチに腰掛けるジェフリー殿下に向かい合う形で座り、コリンは頬や唇に何度も口付けをすると、徐に股間を弄り殿下の殿下を白日の元に晒した。
人前で恋人繋ぎする事が公然猥褻に当たる国である。まだ陽の高いうちからそんな行為をすれば、衆人環視の元青姦するレベルに値する。
箱入りお坊ちゃまな"私"がショックで倒れるのも無理は無い。
「リオン様、水をお持ちしました」
「ああ、ありがとう」
喉を潤し、ようやく一息つく。
記憶を取り戻した事で興奮していた思考も落ち着きを取り戻す。
この国は水がうまい。作物は育ちにくいが、品種改良によって寒さに強い穀物もある。美しい景観も誇るべき点だ。
そして俺は権利と義務を有する貴族である。
己の死を避ける以上に、国民を守る義務がある。
俺が心の中で決意を固めていると、側近は徐に片膝を着き頭を垂れた。
「申し上げにくいのですが、リオン様。ジェフリー殿下との婚姻を考え直した方がよろしいのでは」
その表情は窺えないが、苦渋に満ちた声音が彼の心の内を如実に物語っている。
主の婚姻に対し側近が口を出すなど本来なら許されない。
厳罰ものだ。
それは真面目な彼なら理解している。それでも言わずにいられないのは、彼の俺への忠誠が本心からのものだから。
葛藤も苦しみも容易に想像がつく。しかしその言葉を許容すれば、他ならない俺自身が、側近としての彼を殺す事になる。
「今日は風の音が激しいな、窓が随分と軋んでいる。すまないがもう一度言ってくれるか?」
だからその言葉は聞かなかった事にする。
俺の意思が伝わったのだろう。側近は強く拳を握ると、激しい感情抑えるように振るえながら立ち上がった。
「失礼しました。出過ぎた真似を致しました」
「さあ、何の事か。それより用意して欲しいものがあるんだ」
「用意して欲しいもの?」
そう。
この国を救う為に必要なものだ。
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