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部屋のドアを開けると、廊下の奥で二人分とは思えない声量の会話が聞こえた。会話というより騒いでいると言ったほうがよさそうだが。
わたしは声のほうを見た。対して広くもない家で、視線の先、廊下とリビングを隔てるドアの向こうに、母と姉がいる。
リビングに入るのは気が滅入った。二人の声がキンキンと頭に響く。
「あのとき、百合菜が止めていればよかったんでしょ!」
「なんでいつもあたしのせいなの? ……まったく、子供のせいにして現実逃避する親がどこにいるのよ。いつまでも『あのとき、あのとき』って」
「そういうあんたはいつまで経っても反抗期が直らないんだから。小さいときからそうだったわよね。芽衣菜なんて、反抗期があってないようなものだったんだからね」
わたしの名前が出て、はっと息を呑む。廊下に踏み出した足を引っ込めた。これは二人の喧嘩だ、とは言い切れそうになかった。わたしが板挟みになっているのだろうか。あるいは、わたしを間に挟むことで、大事なことに触れないままやり過ごそうとでもしているのだろうか。ならば、二人がちゃんと本音で向き合うことでしか、根本的な解決には至らない気がする。
そんなことを考えている間にも、まだ二人の騒ぎは続いている。
「お母さん、また芽衣菜のこと言ってる! そうやって芽衣菜の名前を出せばあたしが黙るとでも思ってんでしょ。サイテーな母親だね」
「ちょっと、百合菜! いい加減にしなさい! あんたがそんなだから、芽衣菜があんな目に遭ったんでしょ!」
「何でそうなるの? そもそもの原因はお母さんでしょ?」
「またそんなこと言って。もういいわ、夕飯は芽衣菜の分しか作らないからね!」
「別に。勝手にすれば? 三人しかいないのに毎回四人分作るとか、おかしいでしょ。余った分、あたしが食べてるんだからね」
「だって、それは芽衣菜が食べないからよ。結局百合菜が食べてるんなら、それでいいじゃない」
「……もうやってらんない。高校卒業したら出ていこうと思ってたけど、無理だわ。こんな家、今すぐにでも出ていくから」
わたしは目を瞠った。姉は今「出ていく」と言ったのだ。
「出ていこうと思ってた、って……。まだ高校に入ったばっかりじゃない。何言ってるのよ」
「未来を見据えることの何が悪いの? むしろお母さんがそれ言ってたよね。もう知らない。あたし出ていくからね」
直後、ど、ど、ど、ど、と廊下を駆ける足音が響き、バタンとドアを乱暴に閉める音がわたしの体を震わせた。
「お姉ちゃん……」
呟きが静寂にこだまする。嵐が去った後とはよく言うが、まさにそんな感じだった。ただし、台風の後に晴れることがあるのに対し、母と姉の喧嘩が終わった我が家は地獄だった。
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