涙の痕

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 とはいえ、姉はどこへ行ってしまったのだろう。右を見ても左を見ても、気配すら感じなかった。 「よし、こっちだ」  誰に言うともなく、闇夜に呟く。進まないと始まらない。心細さはあったが、姉はもっと不安な思いをしているに違いないのだ。決めた道へくるりと向きを変え、小走りしだした。 「うわっ」  角を曲がった先で、突然犬に吠えられた。驚いて尻餅をついた。びっくりしたのは飼い主も同じようだ。 「あらら、花ちゃん、どうしたの?」  必死になって犬を宥めている。それでも犬は尚吠えている。しまいには歯を見せて「ウー」と唸り始めた。飼い主はリードを引っ張っておろおろしている。わたしは立ち上がって手を払うと「大丈夫です」とひと言告げて足早に去った。  曲がった先を進んでいく。確証はないのだが、なんとなくこっちに行けばよいという予感が、次第に増してきていた。姉の元へ近づいているのだろうか。  駐車場を越え、家々を越えていく。電灯の数が減ってきたため、暗くなった道をひたすら進む。  思えばわたしは、小さい頃から姉の姿を追いかけていた。姉が持っていた水色の雫型のペンダントを、わたしも欲しいと思った。 「芽衣菜の前で、あんまり見せちゃだめよ? 芽衣菜が欲しがるから」  姉は頬を膨らませた。わたしを睨んだ。 「そんなに言うなら、芽衣菜にあげるよ」  怖い顔をしたと思ったら、急に優しくなった。そのことがただ嬉しくて、ありがとうとペンダントを受け取ったのだった。  彼女の後を追いかけている最中なのに、昔を懐かしむなんて、のんきなものだと我ながら思う。  想い出につられて、夜道を一人で歩くことさえも初めてではないように思えた。いや、もしかしたら本当に初めてではないのかもしれない。  気づけば明かりがなくなっていた。暗がりに目が慣れたのか、周囲の景色がぼんやりと見えている。  何もない空間に出た。厳密には、草が一面に生えている。空地だ。素通りしてはいけない気がして、わたしは柔らかい草を踏みしめた。  草の香りがする。夜風が頬を撫でる。さらさらと辺りが揺れているのが、次第にはっきりと見えてきた。  奥へ進むと、人が立っていた。そこにいたのは。 「百合菜……お姉ちゃん」  わたしに背中を向けていた。さらに近づくと、すすり泣いているのが判った。 「め、い、な」  様子が変だ。こちらを向くことなく、ただわたしを呼ぶだけだ。
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