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「……めい、な。芽衣菜。ねえ、芽衣菜」
姉の声が震えていた。家で母と言い争っていたときの、パジャマ姿のままだ。
「お姉ちゃん?」
姉の後を追いかけ、やっと見つけたと思ったのに。彼女までわたしを見てくれなくなってしまったのだろうか。
けれど、彼女の口から出た言葉は。
「どこ行っちゃったの? ずっと、ずっと捜してるよ」
「……おねえ、ちゃん?」
彼女は両手に拳を握った。わたしに話しかけているというより、独り言のように呟いていた。
「芽衣菜のこと、ずっと捜してるんだよ。お母さんもあたしも、もちろん、お父さんも。お父さんは元々静かな人ではあったけど、今は、全然喋らなくなっちゃった。会社には毎日行ってるから、たぶん会社では喋ってる、と思うけど」
彼女の髪がさらりと靡く。足の長い草が彼女の膝下辺りをくすぐるかのようだ。それでもその場に立ったままだ。
──どうしたの? わたしはここにいるのに。
「お姉ちゃん、百合菜お姉ちゃん!」
耐え切れず、叫ぶように彼女の名前を呼んだ。
彼女の肩がびくりと震えた。顔が横を向き、目がこちらを向いた。
「芽衣菜……?」
目を見開いたまま、体ごとわたしと向かい合う。
「お姉ちゃん! 捜したんだよ?」
姉の大きく開かれた瞳が、真っ直ぐにわたしを貫いた。吸い込まれそうで、わたしもじっと見つめ返した。
「芽衣菜!」
駆け寄ってきて、わたしへ両腕を伸ばした。けれどその腕は、わたしを抱きしめることができなかった。前のめりになった彼女はそのまま倒れ、わたしの足元の草の中にうつ伏せにになった。
彼女はわたしに触れられない。それと同時に、わたしも彼女に触れることができない。
よろよろと立ち上がると、わたしと向かい合い、息を吸ったり吐いたりした。
「そ……っか。そう、なんだね。芽衣菜は、ここにいたんだ」
彼女は虚ろな目をしていた。しかし、もう拳をきつく握りしめることはしなかった。
「そういうことなんだね、芽衣菜。あはは、そうだったんだ」
ははは、と力なく笑い、瞳を潤ませた。溢れた涙が頬を伝い、顎からぽたりぽたりと落ちていく。涙は次第に手の甲では拭いきれなくなり、ぐ、うぐ、と嗚咽しはじめた。
「ねえ、めい、な。さい、ごに、伝え、たい、ことが、ある」
ひっく、ひっくと息を吸い込みながら、肩を上下させながら、彼女は言葉を紡いだ。
「あたしが、あげた、ペンダント。ほんとは、あげたく、なかった。だから、あたしの、気持ちを、無視する、お母さん、の、こと、が、嫌だ、った。でも、芽衣菜の、喜ぶ、顔が、見たくて。大事に、してくれるなら、って思って、あげたの」
「そうだったんだ」
本当は嫌だったんだ。無理をさせていたんだ。でも。
「ペンダント、絶対、絶対大事にするからね」
姉は無言で頷いた。さわさわと草がこすれる音だけが響く。
わたしも話したいのに、できない。喋るのってこんなに難しかったっけ。
「……ペンダント、ありがとう。嬉しかった」
やっとの思いで口にする。まだ本当に言いたいことを言えていない。
──お姉ちゃん。わたしね。
「お姉ちゃんのこと、大好きだよ」
それだけ言うと、辺りが真っ白になった。あたしも芽衣菜のこと大好き──姿が見えなくなっても、姉の言葉がはっきりと聞こえた。
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