涙の痕

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***  森の奥深くから、一人の少女の白骨化した遺体が発見されたらしい。その手にはしっかりと、水色の雫型のペンダントが握られていた。 「たしかにこれは、芽衣菜のものです」  警察の人たちにそう告げる母の声は震えていた。膝から崩れ落ち、秋に鳴く鹿のような、悲しげな声を上げた。 「芽衣菜と喧嘩しなければ、あの子が家を出ていくこともなく、こんなことには、ならなかったのに」  玄関先で泣き崩れた母の背中を、あたしは部屋から半分顔を出して見ていた。 「百合菜にも、たくさんつらい思いをさせて、母親として、失格です」  母親として失格──あたしは目を見開いた。それこそ、目が飛び出るんじゃないかと思うくらい。  芽衣菜が行方不明になってからの母は、芽衣菜のことをずっとあたしのせいにしてきた。彼女の言い分は一方的で、なりふり構わない彼女に父も何も言わなくなってしまった。  そんな母が、ただ「私のせいです」と繰り返している。どうせ警察の人たちの前で可哀そうな母親を演じているだけだ。そう思いたかったのに、あたしの頬を温かい雫が滑り落ちていった。 「ご家族の皆さまは、誰一人悪くはありません。悪いのは芽衣菜さんを誘拐し殺害した加害者、そして力の及ばなかった我々です。五年もお待たせしたうえに、良いご報告ができず、誠に申し訳ございません」  警察の人たちは、そう言って頭を下げた。  その後の母の顔はいく分か晴れやかだった。ようやく涙を流すことができたのだ。涙の残る顔で、あたしに微笑みかけた。ずっと喋っていなかった父も、少しずつあたしの名前を呼んでくれるようになった。 「百合菜、芽衣菜の分のご飯、持っていってあげなさい」  父はあたしの手に小さな皿を二つ乗せた。漬物なんかを乗せるやつだ。一つにはひと口程度のご飯、もう一つには唐揚げが一切れ盛られていた。 「はあい」  母はちゃんと作る食事の量を調節するようになった。以前のように余らせることはしなくなった。それだけで、あたしにとっては充分だった。  あたしは妹の部屋のドアを開ける。 「芽衣菜、夕飯持ってきたよ」  返事はない。だって、そこには写真と、水色の雫がついたペンダントしかないから。  家族のみんなは、誰一人悪くない──警察の人たちが言っていた言葉を、胸に刻むしかない。もちろん、だからといって彼らを責めるつもりはない。結局は、自分を含めた、妹と関わりのあった誰かのせいにしたくなる気持ちを封じなければ、前には進めない。  あたしたちの涙の痕が消えるまで、たぶん、もう少しかかりそうではあるけれど。
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