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マゼルに暮らすレンダルはマットアン王国で最も名前の知れた靴職人だ。頑固で細かくて几帳面な完璧主義者の作る靴は、マットアン王国以外の国からも予約が入るほどの人気だった。
その性格ゆえに、日常の物事は毎日決められた時間にきっちり行われ、ほとんど三百六十五日、同じ日々を送っている。元々、両親が時間に几帳面だったので、レンダルは生まれた時から時間通りに定められたことを行うことが当たり前になっていた。
今までのレンダルの人生の中では、日々定められた日常を繰り返すことができない時もあった。それは今のレンダルの妻、ミーナと出会い結婚するまでの数か月間であり、子供が生まれてからの数年だった。
二人の子供が成長して手がかからなくなるに従い、レンダルの不規則な時間は少しずつ減っていった。やがて息子がポイの靴職人の元へ修行に行き、娘も嫁いでミーナと二人で生活するようになると、レンダルの人生で一番規則正しく繰り返される日々が始まった。
毎朝決まった時間に起きる。子供の頃から行っている体力づくりのための軽いランニングを終えると、決まった時間に顔を洗い、歯を磨き、朝食を食べる。仕事着に着替えると同じ家の中にある工房に同じ時間に入り仕事を始める。休憩時間も昼休みの時間も同じ、仕事を終える時間も夕食の時間も寝る時間も同じ。一分と違わない。
一週間のうち、日曜日だけがほんの少し他の日と違っていた。日曜日の夕方にミーナと二人で教会に行って祈りをささげ、その後で同じ時間に同じテーブルを予約してある店に行き、ささやかな贅沢として特別な夕食を頂く。そんなちょっぴり違う日曜日を含めた一週間は前の一週間と同じであり、その前の一週間とも同じだった。毎日が同じように繰り返されるのと同様に、一週間の単位でも毎週が同じように繰り返された。
そんな日々は、娘のサリナに子供が生まれるか、息子のナダルが後を継ぐために家に帰ってくるまで続くはずだった。
午後の仕事前の時間に商人のソンシュがレンダルの家にやってきた。ソンシュは週に三日、決められた日にやってくる。
レンダルが若い時からの付き合いだから、ソンシュはよくわきまえていて、いつも同じ時間ぴったりにレンダルの家のドアをノックする。少し早めにやってきて、家の前で時計とにらめっこをしてからノックをするのが常だった。
その日のソンシュは片方の足に包帯を分厚く巻き、松葉杖を付き、奥さんに伴われていた。
「どうしたんだ?」
レンダルは驚いて尋ねた。
「今朝、靴の配達に出ようと家を出たところで馬車とぶつかってこの通りさ」
ソンシュは痛々しい姿で答えた。
「俺の靴か? 俺の靴は無事か?」
レンダルは顔色を変えた。
「あんたの靴は大丈夫だよ。靴より俺の心配をしてくれよって、言っても無理か」
「いや、あんたも大事だ。どんな具合だね?」
「見ての通り、馬車に足を踏まれて、二週間は自宅療養だ」
「それじゃマッケンに連絡はしてくれたんだろうね?」
マッケンはソンシュと同じ靴を主に扱う商人で、ソンシュに何かあった時にだけ代わりにやってくる。マッケンもレンダルの機嫌を損ねないようにソンシュからしっかり教育を受けていた。
「マッケンは今、行商に出ていて、あと二週間は戻ってこないんだ」
「それは困ったな」
「困った。靴の配達はマッケンが帰ってくるまで待てないか?」
「それがダメなんだ。五日前に領主さまの身内の靴のオーダーがあって、それ取り組んでいたから、他のお客の納品が遅れている。完成した靴は一刻も早く届けなければならない」
「遅れると言っても、二週間かそれくらいだろ? 十年以上も待った客たちだ。二週間くらい待てるよ」
「採寸してから三週間以上経ってしまう。人の足は少しずつ変化しているから、少しでも早く届けなければならないんだ」
「それほどたいした違いはないと思うが」
「微妙な違いに気が付く人はあまりいないかもしれない。でも、一人でも私の靴を履いた瞬間に違和感を覚えられるのは嫌だ」
レンダルは『嫌だ』を強調して言った。
「ならばどうする? あんたの気に入るような商人はそうそういないぜ」
「うーん。私が行く」
しばらく考えた末にレンダルは言った。
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