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ソンシュはてきぱきと動き(と言っても自分は動けないので知人に必要な指示をてきぱきと与え)、翌日の朝までにはひと通りの物を揃えていた。隣町に行くだけで一日もかからない旅だから、荷物はたいしたことがなく、大きな仕事といったら警護役の男二人を連れてきたくらいだった。
「ゴロです」
腰に剣を携え、長い槍を背負っている男が名乗った。鉄製の薄い胸当てを付け、肩や腕や足のすねにも同じような鉄製の防具を装着している。
「トーミスです。よろしく頼みます」
ゴロの後ろに控えていた小柄な男も名乗った。ゴロと同じような防具を身に付けているが、背にしているのは槍でなく、弓と矢だった。
靴の入ったカバンを背負い、レンダルは二人のお供とマゼルの町を囲む高い城壁の外に出た。
朝とはいえ、日はすでに高い所にある。ウォースターまでの道のりは半日ほどだから、急ぐ必要はない。もしかしたら、二軒の配達も今日中にできてしまうかもしれない。
レンダルはそんなことを考えていた。荷物の配達先が隣町なのが幸運だった。もっと遠い町だったらレンダル自身が靴を届けることはなかっただろう。
昨日の靴をお客に届けた時の感動が今でも胸の中にある。きっとこれから訪れる配達先のお客たちも、レンダルのことを歓迎してくれるだろう。
「旦那、そろそろ用心して下さい」
逞しい体つきのゴロが言った。
レンダルが後ろを振り返って見ると、高い城壁に囲まれたマゼルの町は豆粒のように小さく見えた。街の中心に高くそびえ立つマゼル城の塔が何とか判別できるくらいだった。
レンダルも腰に短剣を挿していた。護身用にソンシュが揃えてくれたものだ。しかしそんなものはいらないと思った。それどころか警護の二人さえいなくてもいいのではないかと考えていた。
今回の目的地のウォースターの先へさらに行くと、マットアン王国の主要都市、ポイの町がある。マゼルとウォースターを結ぶ道はその先のポイ迄続く街道だった。さらにウォースターからは国王の暮らすマットアン方面へと延びる道もある。当然、通行する人も多い。そうそう魔物が現れるとは思えなかった。
レンダルが思っていたように、魔物と遭遇することなく旅は進み、三人は大きな木の下で昼休みを取った。
少し離れた木陰で隠れるようにしてレンダルたち三人を見ている男がいた。
レンダルを誘拐しようと狙っている熊のような体の二人の男。皮帽子に髭もじゃの男はフィル、短髪のほうはアンドロという名だ。
「ゴロとトーミスを警護に雇ったか。こいつは失敗だったな」
アンドロがフィルを見て言った。
「まさか隣町に行くだけなのに、あいつらを雇うとは思わなかった」
「よっぽど金を弾んだんだろう。取りあえず、ウォースターに行く途中で靴屋を誘拐する計画はいったん棚上げでいいか?」
「仕方あるまい」
フィルは残念そうに言った。
城壁に囲まれた町の中にまで魔物が入り込んで来ることはまずないのだが、外に出ると、いつ魔物に襲われるかわからない。自分で魔物と戦って身を守ることができる者はいいが、そうでない者は町の外に出て旅をする時は、魔物の襲撃から守ってくれる護衛の者が必要になる。ゴロとトーミスはマゼルでは名の知れた護衛者だった。
二人は冒険者となるべく幼少の頃から修行を積んできた。ゴロは槍の名手、トーミスは弓の名手として名の知られる存在となった。しかし最終選考で落とされて二人は冒険者やその控えになることはできなかった。
その後二人はコンビを組み、商人などと共に旅をして魔物から依頼人を守ることを生業とした。勇者と一緒に冒険をして世界中を旅することを夢見て辛い修行の日々を過ごしてきたから、腕は確かだった。
フィルとアンドロも多少の武術の心得があり、腕にはそれなりの自信があったが、まともに戦ってゴロとトーミスの相手になるとは思えなかった。
「ウォースターでゴロとトーミスが離れた時を狙うしかあるまい」
フィルが言った。
「せっかくここまで上手くいってたのによ」
アンドロが不満そうに言う。
計画は何週間もかけて練られた。まずはレンダルのことやその周りのことを調べ、そこからソンシュやマッケンのことも調べ、その予定まで加味して実行の日を決めた。馬車でソンシュに怪我を負わせ、レンダルを町の外に引っ張り出すところまでは計画通りだった。
その後は旅の途中でレンダルを誘拐し、荷物に紛れ込ませてウォースターの町に入り、そこにある隠れ家に監禁するという予定だった。レンダルのオーダーリストの写しも手に入れてある。百人以上いる客たちはレンダルのため、いや、レンダルの靴のためなら、喜んで金を差し出すだろう。
見ていると、レンダルたちは身の回りの物を片付けて立ち上がった。
「お、そろそろお出かけのようだ」
アンドロが遠くの男たちを見て言った。
「じゃ、俺たちも支度をするか」
フィルが応える。
ゴロとトーミスは名うての護衛者だから、十分すぎるほどの距離を置いて、さらによく注意を払って後を追うようにしないと、こちらの存在を気取られてしまう。遠く見えるか見えないかくらいの距離を取りながらも、フィルたちはこそこそと隠れるようにしながらレンダルたちの後をつけた。
しばらく進んだ時、前のほうから獣の大きな叫びが聞こえた。
「魔物が現れたようだ」
フィルが言った。
「それも大物だ」
アンドロが言い、二人は走り出した。
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