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レンダルは毎朝、町の通りを走る。決まった時間に家を出て、同じコースを同じ時間をかけて走り家まで戻ってくる。
元々レンダルは子供の頃、走るのがとても速かった。同じ年頃の子供たちの中ではいつも一番だった。それも長距離、短距離問わず二位を大きく引き離しての断トツの一番だった。それがレンダルの自慢だった。
父の元で靴職人としての修行を始めた時から、レンダルの規則正しい日々の数多くの決まりごとの中に、朝のランニングが加わった。それはいつまでも自慢の脚力を維持していたいという思いと、自分の作った靴のどこが衝撃に弱のか、どこがどのようにすり減っていくのかを検証するという二つの目的を持っていた。
やがて歳を取るに従い、目的も一日中家に籠っている自分の健康のために走るということに変わった。
レンダルは人間の三倍もありそうな大きな魔物を見るのは初めてだったし、その凶暴な姿にすっかり肝を冷やしていた。
護衛者たちは果敢に魔物と戦っていたが、一人が魔物の鋭い爪に腕を引き裂かれて血が飛び散るのを見て、このままでは魔物に殺されてしまうと思った。そう思ったとたんに走り出していた。
前足に傷を負っていた魔物がレンダルを追って走り出した。
レンダルは後ろから魔物が追ってくるのに気が付いて、狂ったような勢いで速度を上げて走った。
一方、魔物と戦っていたトーミスは一体を倒すと、片手で防戦一方のゴロの助太刀に入った。
やがて二人が二体の魔物を倒した時、辺りにレンダルの姿も、もう一体の魔物の姿もなかった。
フィルとアンドロはレンダルが逃げ出すのを見ていた。
「よし、追いかけろ!」
二人はレンダルを追いかけて走り出した。しかしレンダルと違って普段あまり走っていないので、たちまち息が上がって走れなくなった。
「見えなくなっちまった」
アンドロが苦しそうに息を継ぎながら言った。
「あれじゃ助かるまい」
同じようにあえぎながらフィルが言う。
「それじゃ、計画はおじゃんだ!」
「まて、まて」
計画立案役のフィルが考える。
「よし。靴屋は俺たちが誘拐した」
「は?」
「そういうことにしておこう。靴屋はまだ生きているんだ」
「あの様子なら生きちゃいないぜ」
「どうせ死体は見つかりっこないんだ。だから俺たちがさらったことにしておく。そして予定通り客たちから金を巻き上げるんだ」
「なるほど、そいつはいい。隠れ家で奴の世話をする手間も省けたってことだな?」
「そうだ」
二人は顔を見合わせてにやりと笑った。
魔物は前足にゴロの槍で受けた傷を負っているので、びっこを引くようにしか走れなかった。それでも四本脚と二本足。逃げるレンダルとの距離は徐々に縮まっていった。
レンダルは毎朝ランニングをしているとはいえ、全力疾走など大人になってからただの一度もしたことはなかったので、走りに走り、心臓だか肺だかわからないが、とにかく胸が破裂しそうだった。
足がもつれて、遂に覚悟を決めた。
腰の短剣を抜くと、足を止めて振り向く。
そこにすぐ背後まで迫っていた魔物が跳びかかった。大きく広げた口に何重にも並ぶ数十本の鋭く尖った歯が見えた。
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