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「お前」  前を歩いていた兄貴分が突然、こちらを避けるように距離をとって通り過ぎようとした女子高生の腕を掴んだ。  兄貴分である麻黄(まおう)がまだ盃をもらう前からの一番の子分である四天王寺(してんのうじ)は、その行動にギョッとして、サングラスの下の目を見開く。  明らかに裏社会とは無縁に見える、大人しそうで真面目そうな、自分は気にもとめなかったような地味な女が、一体なんだというのだろう。  通報とかされたら面倒だなと思いながらも、兄貴分の思惑がわからないため止めるわけにもいかず、四天王寺は固唾を飲んで事態を見守るしかできない。  ヤクザに腕を掴まれて、卒倒するのではないかと思えるほど蒼白になった女子高生……。  だがしかし、次の瞬間、彼女の表情は劇的に変化した。 「あっ!お前!」  ヤクザを指差して「お前」などと口にした女子高生に、周囲で様子をうかがっていた通りすがりの人々も凍りつく。  四天王寺は、度を越した暴君ではないがだからと言って温厚でもない己の兄貴分の方を恐る恐るうかがう。  そして、そこに恐ろしいもの見て、表情を完全に凍りつかせた。  なんと、眉間の皺がトレードマークの男が、朗らかに笑っていたのである。 「やっぱりそうか。大分姿が違うから、人違いだったらどうしようかと思ったぞ」 「あ~、そうだよ、お前だよ。悪い、全然忘れてた」 「いや、俺も今お前の顔見るまで欠片も思い出してなかったから、気にするな」 「もしかして、この辺に住んでるの?結構近所に住んでんのに気づかないもんだな」 「ところでお前は、性別を変えたのか?」 「そうだな女だな。別に望んだつもりはなかったけど、長い転生人生、色々経験してみるのもいいかなとは思ってた。お前こそ、ヤクザかよ。何その太すぎるゴールドチェーンとか。しかも組長とかじゃなさそうなのほんとうける」  色々と失礼なことを言われているのに、麻黄は楽しそうに笑っている。  理解を超えた光景を見せつけられ、四天王寺は口を半開きにしたまま固まっていた。  いや……っていうか、なんなのこれ……?  大人しそうに見えた女子高生が、今やノリのいいあんちゃん的な粗雑な口調で、強面ヤクザと楽しそうに会話してるとはどういうことなのだ。  足を止めていた通りすがりの人々は、どうやら事件ではなかったようなので関わらないようにしようと、何事もなかったかのように歩きはじめる。  四天王寺も、他人を装い、同じように立ち去ってしまいたかった。 「まあでも、また会えてよかった。しかも今回は平和な時代で」 「本当に長かったが……、あの時の約束がようやく果たせそうだな」  二人は清々しく笑い合う。  それは、幾度もの死線を越えた、戦友同士のような笑顔だった。
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