5 第2の現場

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5 第2の現場

 現在  某国営放送 昼の情報番組 「ここで、報道フロアからニュースが入っています。報道フロアの山内さん?」 「はい、山内です。こちらからニュースをお伝えします。  長崎県警察本部の発表によりますと、今日の早朝、佐世保市内の神崎鼻公園にある展望デッキの下で、股関節から切断された、褐色の人の左脚部が発見されたということです。  発見したのは公園内をジョギングしていた地元の男性で、発見された脚部の持ち主の特定や生死は、現在のところ不明とのことです。  また、これより3日前、北海道の納沙布岬で発見された右脚部との関連の有無は、今後の捜査で判明する見込みとの説明でした。  県警としては、北海道警察と連携して、事故と事件の両面から捜査を開始するとのことです。  ……ニュースをお伝えしました。」 「えぇっと……佐世保の神崎鼻公園で人の脚、左脚が発見されたというショッキングなニュースが入ってきました。3日前には北海道で右脚が発見されていますから……同一人物のものなのか、まあ、予断は許さないでしょうが、一体、どういうことなんでしょうねぇ。  神崎鼻公園は、日本本土の最西端の地として有名な海景色が美しい場所なんですが、そこで人の脚が発見されたとは……  その脚の持ち主の方は、今どうなっているんでしょうか?  安否が気遣われますね……」  ◇  このショッキングなニュースはすぐにスアンの耳にも入った。  大学にもバイトにも行かず、寮の部屋に引きこもっていたスアンは、ここ数日のネットニュースに目が釘付けになっていた。  北海道と長崎で発見された左右の脚……長崎で発見された左脚は褐色だったって言っていた。  ひょっとして、ファイサルの脚?  YUKIさんの鑑定では、ファイサルは亡くなっているって言っていた。  知り合いとして許されないと分かっていても、ニュースをファイサルと結びつけてしまう。  ……まさか、ミン……じゃないよね……  でも……  最悪の事態ばかり頭をよぎる。  同じことを何度も何度も繰り返して考えてしまう。  感情が高ぶって、涙がこぼれる。  だめ……独りで考えていると、心が張り裂けそうになる……  スアンは思い立ったようにYUKIに電話をかけた。 「あっ、YUKIさんですか?スアンです。  今、大丈夫ですか?  あの、予約していないんですけど、これから相談に行ってもいいですか?」  ◇ 「何か飲み物は?」  私の前に座っているスアンは、前回鑑定した時よりも明らかにやつれていて、見ていても痛々しい。 「はい。何でもいいです。」 「ホットのカフェラテは?」 「ありがとうございます。」  私は、ホットカフェラテを作ると、スアンに勧めた。  スアンは自分の前に置かれたカップを無感情に眺めているようだった。 「私、スアンが帰った後、警察の知り合いの人に捜索願の件を訊いてみたんだけど、守秘義務があるから具体的なことは教えてもらえなかったの。  力になれなくて、ゴメンね。」 「そうですか、仕方ないです……」 「相談って、ミンのこと?」  私は水を向けた。 「はい、そうです。人間の脚が見つかったニュース、知ってますか?」 「ええ。」  ニュースの件はラウーラさんとも話題にしていた。 「あの脚って、もしかしてファイサルの脚じゃないかと思って……」 「ファイサルの?」 「はい。長崎で見つかった左脚、肌の色が褐色ってニュースで言っていました。」 「確かにそう報道されていたと思うけど……ただ、褐色の理由は、脚が切断されて時間が経っている可能性もあるって……」  ファイサルが亡くなっていると鑑定した私だけど、現実味を帯びてくると慎重にならざるを得ない。 「でも、でも、元から肌の色が褐色だったら、私やミン、そしてファイサルの肌の色と同じ……同じ人種。  ……それに、ファイサルが死んでいると言ったのはYUKIさんじゃないですかっ?」  精神状態が不安定なスアンは、感情が高ぶった。 「確かに私の鑑定ではそういう結果。」 「じゃあ、も一度見てくださいっ!占い、お願いしますっ!」 「私も、もう一度鑑定したほうがいいと思っていました。鑑定しましょう。」 「はい。」  スアンは少しだけ落ち着いたようだ。 「スアン、心を穏やかにすることが大事。深呼吸して気を静めて。  落ち着いたら、前と同じようにミンのことを想像して。」 「分かりました。」  スアンは深呼吸すると静かに目を閉じた。  私はスアンの輪郭の辺りに意識を集中した。  すると、スアンの周りの空気が揺らぎ始めて色づき始めた。  ほのかなレモン色の光彩。1週間前と同じ。  ミンの置かれている状況に大きな変化は無さそう……  あまり時間がない。 「……じゃあ、スアン、次にファイサルのことを考えて。」 「はい。」  揺らいでいたスアンの周りの空気が一旦治まったかと思うと、再び揺らぎ始めた。  1週間前は黒に近い濃紺……  今の状態は……  私は意識を集中した。  スアンの光彩は……濃紺だ。前回同様。  でも、私の思い違いかも知れないけど、より黒に近づいているようだ。  亡くなっている状態に変化はないと思うけど、光彩は変化している……?  どういうことだろう?  私にも理由はよく分からない。  いずれにしても、状況に大きな変化はない。 「スアン、楽にして。」  私の言葉で、スアンは目を開けた。 「……どうですか?」  スアンの表情は不安で一杯のようだった。 「2人とも1週間前の状況と同じ。変化は無さそう。」 「そうですか……  スアンは少しだけホッとしたようだ。 「ミンはまだ生きていますよね?」  スアンは私に救いを求めているようだ。 「ええ、そう思う。」  そうは言っても、この状況で私に何が出来るのだろう?  私はただの光彩鑑定人……ちっぽけな存在。  でも、出来る限りのことはしたい。  スアンは話を続けた。 「もし、見つかった脚がファイサルの脚だとしたら、右の足首にタトゥーがあるはずです。」 「タトゥー?」 「そうです。一時期、ギャング団みたいなところにいて、ストリートギャングをしていたらしくて。その時に入れたんだと思います。  そのメモとペン、借りていいですか?」 「はい、どうぞ。」  スアンは、私がテーブルにいつも用意しているメモとペンを取って、何やら描きだした。  何となく覗くと、どうやら、タトゥーの模様を描いているようだった。 「タトゥーの模様、確かこんな感じです。」  スアンは、タトゥーの模様を描いたメモ用紙を私に渡してきた。  そのメモに描かれた模様は、ドクロ、人間の頭蓋骨に鎖が巻き付いているような模様だった。  なんだか、おどろおどろしい模様だ。 「このタトゥーがファイサルの右の足首に彫られているのね?」 「はい、そうです。」 「警察には話した?」 「いえ、まだです。  なんか、警察、苦手になってしまって……もし、間違っていたら……  それで、YUKIさんの知り合いの警察の人に伝えてもらいたくて……  お願いできますか?」 「うん、大丈夫。こちらからの情報は受けてくれると思うので伝えますね。」 「ありがとうございます。よろしくお願いします。」  スアンは、冷たくなったカフェラテをひと口飲んだ。 「新しいのを入れるわね。」 「いえ、これでいいです。美味しいです。」  スアンは残りのカフェラテを飲み干した。  その後、スアンは少し休むと席を立った。 「私、これで帰ります。タトゥーのこと、よろしくお願いします。」  リュックを抱えて、深々と頭を下げた。 「分かりました。ねえ、本当に大丈夫?」  私も立ち上がった。 「はい。こう見えても強いですから、私。」  カラ元気を出したスアンは、精一杯の笑顔を作って、部屋を後にした。  ◇    スアンが帰った後、私はミンとファイサルの置かれている状況を思い描いていた。  率直に言って、ミンは、命の炎が消えかかっている……瀕死の状態……  そして、ファイサルは……すでに絶命している……その脚が無残にも北海道と九州で見つかった。  最悪の事態……私はどうすべき?何が出来る?  とにかく、高宮さんに連絡しよう。  スマホの画面に表示した高宮さんの連絡先、やっぱり少し緊張するな……  呼び出し音が鳴るとより一層緊張する。  出てくれるかな? 「……はい。高宮です。真行寺さん?」  相変わらず、優しさが込められた声だ。 「はい、真行寺です。また、電話してしまって、すみません。  今、大丈夫ですか?」 「はい、大丈夫です。」 「この前電話した、捜索願の件でお伝えしたいことがありまして。」 「あの件ですか……私にできることであれば……」 「情報提供と言いますか……最近、北海道と長崎で人の脚が発見されたと報道されていましたけど、私の友人の話では、その彼氏と一緒に行方不明になった知人の脚だと思うと言っていました。」 「時期的に一致するようですが、それだけでは何とも……」 「ええ、そうですよね。  それで、友人が言うには、もし、その脚が彼氏の知人のものなら、右足首にタトゥーがあるはずだと。   それって、高宮さんの方で確認できますか?」 「タトゥーですか?ちなみにどんなタトゥーですか?」 「あの、なんていうか、ドクロに鎖を巻いたようなやつです……」 「……ええっ!?  ドクロに鎖?確かにドクロに鎖が巻き付いたタトゥーなんですねっ?」  優しい高宮さんの声がタトゥーの話をした途端、興奮気味に大きくなった。  私はびっくりして一瞬スマホを耳から離してしまった。 「具体的な図柄って、分かりますか?」 「……はい。友人がタトゥーの模様を絵に描いてくれたので。」 「今、その絵って、手元にありますか?」 「はい、ありますけど……」 「よかったら、その描いた絵を撮影して送信していただけませんか?」 「大丈夫ですけど……」 「よろしくお願いしますっ!」  高宮さんがスマホに頭を下げている気配が伝わってきた。  私は、慌てて、スアンが描いたタトゥーの絵をスマホのカメラで撮影して、高宮さんのスマホに送信した。 「あっ、来ましたっ!……やっぱ同じだ。同じタトゥーだ。」  高宮さんがスマホの向こうですごく興奮していることが手に取るように分かった。  ただ、高宮さんがそんなに興奮している理由が私には全く分からなかった。 「真行寺さんの友人の留学生の方、ヤンガンの出身って言ってましたよね?」 「はい。」 「確認ですが、失踪した2人も同じ国?」 「はい、そうです。」 「分かりました。ちょっと、私の方で道警や県警に当たってみます。」 「管轄が違うのに、大丈夫なんですか?」 「ええ、はい。  詳しくは言えないんですけど、私が担当している事件にも場合によっては関係があるかも知れません。」 「そうなんですか。友人のためにもよろしくお願いします。」  高宮さんが興奮している理由が少し分かった。
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