7 東奔西走 その2

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7 東奔西走 その2

 昨日スワンと別れた羽田空港で朝に再会した。  再会したけど、昨日からずっと一緒に居続けたような感じ…… 「昨日はありがとうございました。」  スアンは頭を下げて丁寧にお礼を言ってきた。 「いいの、いいの。お礼なんて……」  私はスアンの頭を上げさせた。 「疲れたでしょう、昨日?  さあ、今日は長崎。何か手掛かりがあるといいね。」 「はい、よろしくお願いします。」  私たちは、空路福岡まで移動して、そこから高速バスで佐世保に行くことにしていた。  福岡行の便に搭乗した私たちは、昨日の疲労が残っているせいか、程なくして寝入ってしまった。  私が目を覚ました時には、飛行機の窓から福岡の街並みがはっきり見えていた。  隣のスアンを見ると、スアンはまだ眠っているようだった。  心労が溜まっているんだろうな……  私はスアンの肩を少し揺らした。 「んっ?」  スアンはハッとするように目を覚ました。 「寝ちゃいました、私。すいません。」 「私も寝てた。もう着きそうよ、福岡。」 「本当ですか?早いですね……」  スアンは、そう言いながら、窓の外の景色を確認した。  私たちの乗っている飛行機は定刻で福岡空港に着陸した。  ここ、福岡空港に来ると、こんな街中に空港があることにいつも驚く。 「ここから、バスですか?」  スアンがスマホで時刻を確認しながら訊いてきた。 「バスは国際線のターミナルの方みたい。シャトルバスで国際線に移動しないと……」 「そうなんですか。」  私たちは国際線のバス乗り場に移動した。 「バスはどれ位乗るんですか?」  スアンが訊いてきた。 「ええっと、佐世保までは2時間くらいかかるみたい……」  バス乗り場に着いた私は、佐世保行きの高速バスの出発時間を調べた。 「あと、20分くらいかな。」 「はい、そうですか。だんだんと緊張してきます。」 「うん、本当。何かヒントを見つけたいね。」  何とか、ミンに繋がる手掛かりが欲しい。 「……はい。」  バス乗り場で首を長くして待っていると佐世保行きのバスが現れた。  私たちは、早速バスに乗り込んで、乗車前に買い込んだサンドウィッチなんかで早めの昼食を取り始めると、バスは、すぐに高速に乗って、速度を上げながら佐世保に向かった。  2時間後、渋滞もなく順調に走ったバスは佐世保駅前のバスターミナルに到着した。 「ようやく佐世保に着いたね。」  私はバスを降りると伸びをした。 「やっぱり、遠いですね。」  スアンは佐世保駅の駅舎を見ながら言った。  佐世保駅は、バスターミナルがある国道35号線に面した東口と、駅舎の反対側の港口がある。  港口というだけあって、そこを出て50メートルも行けば佐世保湾の岸壁にたどり着く。  先の方に見える佐世保港には米海軍の佐世保基地があって、いかついグレーの軍艦が何隻も停泊している。  正に軍港だ。 「ここから、また路線バスに乗らないと……神崎鼻公園の最寄りの停留所まで は1時間以上かかるみたい。  今日はバスの旅ね。」 「西の端にはそう簡単に行けないですね。」 「本当。停留所からも30分くらい歩くみたい……  ……日本の最東端の納沙布岬もそうだし、日本本土の最西端の神崎鼻公園も 東京から行こうとしたら、そう簡単には行けない。  どうして、わざわざそんなところに置いてあったのかしら?  きっと理由があるよね?」 「そうですよね。」 「それが分かれば、ミンにたどり着く気がする。  スアンは何か思い当たることはない?」 「色々と考えているんですけど、今のところ何も……」 「そうか……」  私たちは真実を覆い隠しているベールを剥ぐことが出来ない。これから出来る保証もない。  何となく閉塞感に包まれていると、目の前にバスが止まった。  路線バスに乗って揺られること1時間少々。ようやく私たちは目的の場所に着いた。 「次は神崎入口、神崎入口です。次、止まります。」  バスの車内に抑揚のないアナウンスが響いた。 「よーし。もう少しね、神崎鼻公園。」  私は、意識して元気を出すと、バスから飛び出すように降車した。 「ほっ!」  スアンも笑顔になって、私に負けじと勢いよく飛び降りた。 「さて、どっちかな?」  私が行く道を探していると、スアンが案内板を指さした。 「あの道の奥の方みたいです。」 「よーし。はるばる来たぜっ、佐世保。後は気合だ。」  私は無理矢理妙なハイテンションになった。 「何かの歌の歌詞でしたか?」  スアンが冷静に突っ込んできた。 「まぁ、ね……」  私は、赤面してしまって、それをスアンに悟られないように神崎鼻公園に続く道を早歩きで歩き始めた。 「あ、YUKIさん。」  スアンは慌ててついてきた。  私たちが散策路のような道を並んで歩いている時、私は、ふと背後に人の視線を感じた。  私は小さい頃から人の視線に敏感だった気がする。  歩きながら視線の方に振り向くと、道の脇の木立の陰に隠れて人が立っていた。  ……ような気がした。  立ち止まって、木立を凝視したけど、人の姿は見当たらなかった。  スアンは、私が突然立ち止まったのを見て、驚いたようだった。 「どうかしましたか?」 「……うん、ちょっと気になって。」  私は林の中の人影を探したが、結局見つけられなかった。  気のせいかな?疲労が溜まっているせいかも……  私とスアンは気を取り直して歩き出した。  そこから、10分も経たないうちに、日本列島のモニュメントがある四極交流広場にたどり着いた。  そのすぐ横に展望デッキがある。あのデッキの下で左脚が見つかったらしい。 「私たち、この2日で四極のうち二極を制覇したね。」 「二極?」  スアンはあまりピンと来ていない。 「東の端とここの西の端。」 「ああ、二極ですね。二極。」  スアンは合点がいったように頷いた。 「残りの二極はどこですか?」 「北は北海道稚内市の宗谷岬。南は鹿児島県南大隅町の佐多岬。」  私はモニュメントを見ながら答えた。 「北海道と九州に二つずつなんですね。」  スアンもモニュメントを見ながら言った。 「そう言えばそうね。日本の地形からするとそうなるのね……」  今まで考えてもみなかったけど、日本列島の東西南北の端は北海道と九州にしかないんだ。  それって、何か関係あるのかな……今回の事と……  ……とにかく、展望デッキに行きましょう。」 「はい。」  私たちは、最初、展望デッキに昇ってみようと思っていたけど、階段の下にある花束を目にすると、それをためらった。 「昇る?」  一応、スアンに訊いてみた。 「いいえ。いいです。」 「そうよね。」  展望デッキに昇らなくても、その場から海の絶景を望むことができた。  私たちは、辺りを見回すと、手掛かりを求めて、展望デッキの近くを中心に探索し始めた。  あちこち探し回ったけど、警察が捜索し尽くした後に素人の私たちが手掛かりを見つけることは出来なかった。  根室の時と同じ。これも想定内。 「ふぅ……スアン、そっちはどう?」 「何も……」  スアンは私の方を見て首を左右に振った。 「……そう。  それにしても、展望デッキの下で発見されたのよね……」 「ニュースでそう言っていました。  なんか気になります?」 「うん……隠すような感じだったのかな……  納沙布の時とは違って、人目に付きにくそうだなって思って。」 「確かにそうですね。納沙布岬ではモニュメントの横のすぐ分かる所にあったんですよね。」 「ここでは、人目に付かないように置いたってこと?  それにしても、もう少し隠しようがあるよね。何か中途半端……」 「そうですね。わざとでしょうか?」 「どうなんだろう……」  2人で首をかしげた。  パキッ  その時、私の背後の林の方から小枝が折れるような物音がした。 「んっ?」  私は反射的に振り向いた。  すると、薄暗い木立の間に立つ人影が目に飛び込んできた。  はっ?  今度は間違いない。はっきり見えた。  さっきの散策路で気付いた人影と同じ人間だ。  直感的にそう感じた。間違いない。  そう感じた瞬間、私は突き動かされるように林に向かって駆け出していた。  ……無謀すぎるよね。相手がどんな人物かも分からないのに。  一瞬、恐怖がよぎったけど、私の脚は止まらなかった。ノンストップ。  何か手掛かりを見つけないといけないという異常な強迫観念のせいかな……  林の中の謎の人物は、私が予想外の行動を取ったためか、慌てて逃げだしたように見えた。 「ちょっと、待ちなさいっ!」  私の口から、自分でもびっくりするような命令口調の言葉が飛び出した。  謎の人物は、私の制止を聞き入れるはずもなく、木々の奥深くに逃げ込んで姿を消した。  もうっ!  私は、追求の手を緩めて、道端から数メートル林の中に入ったところで立ち止まった。  立ち止まって冷静なると、自分の浅はかな行動が怖くなって足が震え出した。  私は、数歩あとずさりすると、きびすを返して、急いでスアンのところに戻った。  スアンはというと、私の突飛な行動に驚いたのか、謎の人物に足がすくんでいたのか、その場で直立不動だった。フリーズ中。 「ゴメン……突然走り出して。」 「いえ、大丈夫です。ちょっとだけビックリしました。  誰かいたんですか?」  スアンは気づいていなかったらしい。 「……うん。ここに来る前、散策路にもいたと思うの。」 「……ええっ?どういうことですか?」  スアンはこの状況を理解したはずなのに、私の口から聞きたかったのか、訊き返してきた。 「私たち、後を付けられていたってことかな……」 「まだ、この近くにいたらどうします?」  スアンは私にくっついて私の腕を抱き締めると小声になって訊いてきた。 「逃げて行ったから大丈夫だと思うけど、周りを警戒して。」 「は、はい。了解です。」  スアンは少し震えながら答えた。 「とにかく、急いで公園から出ましょう。」 「ですね。」  私とスアンは、抱き合うようにして謎の人物を警戒しながら、足早に歩いて通りに戻った。  人通りのある大きな通りにたどり着くと、私たちは、安心したせいで力が抜けて、その場にしゃがみ込んだ。  そして、私は、ふと自分の手のひらに視線を落とすと、尋常じゃないくらいに冷や汗をかいていた。 「あっ、すいません。」  スアンは、我に返って、私の腕を離した。 「ちょっと、ヒリヒリしたね。」 「すごくしました。」 「そうね……」 「これからどうしますか?」 「……うん。」 「帰ります?」 「……うん。」 「YUKIさん?」 「えっ?あ、ゴメン……ちょっと、考え事してて。」 「あ、そうなんですね。」  私は、あの謎の人物の外見を思い出そうとしていた。記憶の底に埋もれてしまう前に……  浅黒い肌の20代か30代の男、それくらいしか分からない……  あれっ?ちょっと待って……あれっ?  あの人物、あの人影……私、もしかして昨日も見ているかも?……  そう分かった瞬間、私は恐怖を感じて、背筋に悪寒が走った。  見かけている、多分……納沙布岬で。
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