8 東奔西走 今度は北へ

1/1
前へ
/23ページ
次へ

8 東奔西走 今度は北へ

 長崎から戻った私は、数日ぶりに占いの館の自分の部屋にいた。  テーブルを挟んで、目の前にはラウーラさん。  私はラウーラさんに北海道と長崎での冒険談を報告した。  私が話している間、ラウーラさんは、時々うなずきながら、じっと私の話に聞き入っているようだった。 「そっかぁ……手掛かりは見つからなかったのね。」  ラウーラさんはホットカフェラテをひと口飲んだ。 「そうなんです。」  私もつられるようにホットカフェラテを飲んだ。 「それにしても、北海道の根室と長崎の佐世保……右脚と左脚……」  ラウーラさんはいつになく真剣な表情で何かを考え込んでいた。 「隠そうともしないで、置いてあったのよね?」 「そうだと思います。人が近くを通ったら、すぐ目に付く場所でした。」 「その場所が重要なのかもね……」 「納沙布岬と神崎鼻公園が?」 「……うん。」 「誰にとって重要なんですか?  一体、誰の仕業なんでしょうか?  あんなひどいこと……」  私は心臓が締め付けられるように痛くなってきた。 「私たちの常識や価値観では理解できないことかも知れない……」 「理解できない?」 「…………」 「……ラウーラさん?」 「えっ?」 「どうかしました?」 「うん……  その男、YUKIちゃんたちを付けていた男って、何が目的なのかしら?」 「全然分からないんです。  どこから付けられていたのかも分かりません。  多分、私ではなくスアンを付けていたんでしょうけど……」 「そうね。目的はスアンなんでしょうね。  スアンを監視していたのかしら?  それとも……まさか拉致とか?」  ラウーラさんは恐ろしい言葉が自らの口をついて出て驚いていた。 「そんな怖いこと……」  私はあの浅黒い肌の男がスアンを連れ去るところを想像して怖くなった。 「ホント、ホント。ごめんなさい……  やっぱり、警察に任せておいた方がいいかもね。」 「そうですね……」  私はそう言いながらも、ここまで来たら、もう少し調べたいという好奇心が湧いてきたことも事実だった。 「でも、私、ミンが住んでいた下仁田のアパートを調べるべきだと思うんです。スアン次第ですけど。」 「アパートにはいないんでしょ?スアンが行った時、誰もいなかった。」 「確かにそうです。そうですけど、何度も下仁田に行って調べた訳でもないですし、たまたま、いなかっただけかも知れません。  アパートに行けば、まだ何か手掛かりが残されていると思うんです。」 「手掛かりがあるかも知れないけど……根室や佐世保で後を付けられているのよ、YUKIちゃん。これ以上深入りすると危険すぎるわよ。」 「ですけど、危害を加えられた訳ではありませんし……  こっちが気付いたら、すぐに逃げていきました。」 「次、付けられたら、その男が同じように逃げて行くとは限らないでしょ?」 「それはそうですけど……スアン次第です。  スアンが行きたいと言えば、私、一緒に行きます。」  私は引かなかった。私の悪い癖。  何回か押し問答しているうちにラウーラさんの方が折れてしまった。 「YUKIちゃんも頑固なところあるから……」  ラウーラさんはため息交じりにつぶやいた。 「……すみません。  でも、下仁田のアパートにはきっと何かがあると思います。  私たちは、脚が見つかった事件がショッキングすぎて、北海道と長崎に目が向き過ぎていたのかも知れません。」 「確かにね……」  私とラウーラさんがスアンの居ないままで話し合っていると、ドアのチャイムが鳴って、当のスアンが現れた。 「こんにちは。」  スアンはドアの隙間から顔をのぞかせた。 「いらっしゃい。どうぞ。」  私はスアンを招き入れた。  今日はそもそもスアンの意見を聞く予定になっていた。  今後、スアンがどうしたいのか?  私たちがスアンに対して何が出来るのか? 「ラウーラさん、YUKIさん、わざわざありがとうございます。」  スアンは恐縮して頭を下げた。 「そんなこといいのよ。」  ラウーラさんが大袈裟に右手を左右に振った。 「YUKIさんには、北海道と長崎に一緒に行ってもらって、ホントに感謝しかありません。」  スアンは私に何度も頭を下げた。 「スアン、そんなことしないでよ。  私が勝手に付いて行ったんだから。」  私はスアンをイスに座らせた。 「スアン。それよりも、これからどうするの?  後は警察に任せようか?」  スアンは少し言い淀んでいた。 「……あの、私、もう一度、下仁田に行こうと思います。  下仁田のアパート、もう少し調べたいので。  前に行った時には、何も調べることが出来ないまま帰ってきて、とても後悔しています。  あの時、もう少しアパートや農場を調べていたら、ミンが見つかったんじゃないかって……  ミンが見つからないとしても、今の状況とは違っていたんじゃないかって……  ……そういうことばかり考えてしまって。  ……ファイサルの体も下仁田にあるんじゃないかと思うんです……ちょっと怖いですけど。」 「そうね。あと、調べるところと言えば、下仁田だけね。  そこが原点。スタート地点。  行きましょう。」  私は当然のように言った。  チラッと、ラウーラさんの表情を盗み見ると、半ば諦めたように首を左右に小さく振っていた。  ラウーラさん、聞き分けなくて、ごめんなさい。 「YUKIさん、下仁田に行く前に占ってもらっていいですか?  ミンの状況が知りたくて……」 「了解。」 「ミンの事、考えます。」  心得ているスアンは静かに目を閉じた。  私はスアンの頭の辺りに意識を集中した。  暫くすると、スアンの頭の輪郭と接している空気が揺らぎだした。  細心の注意を払うと、揺らぎだした空気が色づき始めた。  ほのかに薄いレモン色。前回と同じ。  ということは、ミンは無事なはず……まだ、望みはある。大丈夫、大丈夫。  私は自分に言い聞かせた。 「スアン、いいわよ。」  私の声でスアンは目を開いた。 「どうですか?」  スアンは不安そうに訊いてきた。 「前回の鑑定から変わっていない。  ミンは大丈夫。」  私はスアンを安心させるために当たり前のように言った。 「よかったぁ。」  スアンは胸を撫で下ろして笑顔になった。 「……ファイサルもお願いします。」  スアンは再び目を閉じた  私はまた意識を集中した。  すると、スアンの頭の輪郭と接している空気が揺らぎだし、あっという間に黒に限りなく近い濃紺になった。  ファイサルも前回と同じ。変わらず。  亡くなった人が生き返る訳がない。 「スアン、いいわよ。」 「それで、どうですか?」 「前と変わらず、一緒。」 「そうですか。そうですよね。」  スアンは、決まりきっていた結果に納得した。  ラウーラさんは私とスアンのことを見ていたが、別のことを考えていたのか、心ここにあらずという感じだった。  ◇  翌日、私はレンタカーのステアリングを握っていた。……最近、車を運転する機会が多い。  練馬インターから高速に乗った私とスアンは、下仁田インターで降りようとしていた。 「そろそろ下仁田ね。」 「はい、久しぶりに行きます。」 「いつ以来?」 「1か月ぶりです。」 「……そうか。」  私は、何となく、アパートにミンがいるような気がしていた。何の根拠もないけど……  高速を降りた私たちは、下仁田の町内に入ると駅前通りを抜けて、ナビを頼りにミンが住んでいるアパートに向かった。 「あっ!前に見えるあのアパートがそうです。ミンが住んでいるアパート。」  助手席に座っているスアンが指を差しながら言った。  私はアパートの数十メートル手前のところで車を止めた。  その古びたアパートは、木造の2階建てで、1階に4室、2階にも4室の部屋があった。  なんだか、私が母親と住んでいたアパートを思い出す。  あの頃、私が住んでいたのは2階の部屋だった。  そして、外階段のところで父親とすれ違った。  その時、運命の光彩を見ることが出来る私の能力が発現した。  スアンの彼氏のミンは、あのアパートの1階の3号室に住んでいる。 「あのアパート?」 「はい。」 「ちょっと、様子を見ましょう。」  私は、得体の知れない恐怖を感じて、心を落ち着ける時間が欲しかった。 「そうですね。」  スアンも私と同じように時間的な猶予が欲しいようだった。  緊張の空気に包まれていた車内からアパートの様子をうかがっていたが、人の出入りはなかった。  部屋の窓に人影のようなものも見えなかった。 「よしっ!」  私は気持ちを奮い立たせた。 「行こう、スアン。」 「行きましょう、YUKIさん。」  私たちは車を降りると、辺りを気にしながら、アパートに向かって歩き出した。  こんな言い方をするのは間違っているかも知れないけど、そこが天国なのか地獄なのか……真実を知ることが怖い気がする。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

22人が本棚に入れています
本棚に追加