赤い髪のストーカー

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 とある異世界の診療所にて 「俺、異世界人なんです」と言うのは、長めの黒い前髪を目の部分だけ分けた典型的な異世界人カットの少年。 「ふぅん。それで、今日はどんな症状でここへ?」  先生も私も異世界人に驚いたりはしない。これまで散々見てきたから。  患者として治療したこともあるし、時には戦ったことまである。  だから先生の対応も淡々としたものだった。 「だから、俺、異世界人なんですよ」 「だから、今日はなんの症状でうちに来たんだ?」  先生は見た目がとにかく幼い。顔はとても整っているものの、十代前半か下手すると一桁歳に見えなくもないせいで患者さんには基本舐められる。 「ちょっと、この子が本当に医者なんすか?」  と少年が私の方に訝しげな表情で言う。こういう反応も慣れっこだ。 「ええ、そうですよ。見た目はこんなちんちくりんですけど、腕は確かですから安心してください」  私がそう言うと、まだ疑いの色は消えていないものの渋々話し始めた。 「俺はただの異世界人じゃないんですよ。異世界転生のプロっていうか」  この人はたしかに治療が必要だ。でもそれは診療所(うち)ではなく頭の方の病院だ。 「いやいやいや。本当なんですって。この世界に転生したのでもう7回目なんですよ」  少年はどこか得意げに言う。  最近は異世界転生も安くなったもので、異世界転生人がダブルブッキングどころかトリプルは当たり前。異世界人同士の戦争なんてものも起きることもあるらしい。だけど、異世界転生を一人で7回もやったというのは流石に初めて見た。 「なるほどね。それで? その7回の転生でなにか副作用でも発生したのか?」  先生があまり食いつかないものだから少年は少し気を悪くしたようで足を組んでちょっと声のトーンを下げながら続けた。 「まあ、別に困ったとかじゃないんですけど、なんか俺ストーカーされてるみたいなんです」 「ふむ。じゃあ、知り合いの憲兵に連絡を入れておくから後で詰め所の方へ行っておいてくれ。じゃ次の方」 「ちょっと待ってくださいよ! 相手はただのストーカーじゃないんですよ。おれが異世界転生してもそこについてくるんですよ!」 「どういうことかな」  そこで初めて先生は少年の方を見た。なにか少し興味を持ったのかも知れない。 「さっき言った通り、俺って7回も転生してるじゃないですか。完全に別の世界に転戦してるのに、毎回いるんですよ。同じ顔のやつが」  先生はまたカルテの方に顔を戻しながら言う。  先生の専門は症候群と呼ばれる、いわゆる「あるあるネタ」や「お約束ごと」の治療。私の知る限りではこういう「特殊なケース」はあまり興味を持たない。 「ボクからしてみれば君たち異世界人は全部同じ顔に見えるけどね」  実は私もです。 「いやいや、全然違いますよ。微妙に髪の跳ね方とか瞳の色とか、よく見たら違うんですよ」 「あーはいはい。それで、そのストーカーによって君はどんな被害を受けてるのかな」 「特には」 「実害はないというわけだね。じゃあ気にしなければ良いんじゃないか?」 「そんな。俺の生まれ故郷の警察みたいな対応辞めてくださいよ」 「君の生まれ故郷など知らんよ」 「被害はたしかにありませんが、でもなんか怖くないですか? 異世界に転生したのに、毎回いるんですよ? ありえますかねそんな事」  もしこの少年の言うことが本当だとしたら、奇妙すぎる出来事だと言える。でも、文字通り世界を股にかけるストーカーなんてそんなものが本当に存在するのかなあ。 「うーん、よく似てただけなんじゃないのか?」先生もかなり懐疑的だ。 「似てるとかいうレベルじゃないんですよ。全く同じなんです」 「そういうのはボクの専門じゃないんだけどなあ。できれば他当たってくれない?」 「どこに行ってもそう言われて最後にここを紹介されてきたんですよ! お金ならいくらでもお支払いしますから!」 「お金は別に要らないし、そもそもうちでは治療費はもらってないんだよね」  先生の特殊な専門治療には国から補助金も出ている上、先生には王族顔負けの資産がある。診療は完全に趣味なのだ。 「……はぁ。世界的名医と言ってもこの程度なのかぁ」  先生のカルテを記入する手が止まる。 「なんだって?」 「いやあ、つまりは『先生ですらこの治療は無理』ってことですよね」 「無理とは言っていない。君の症状に興味がわかないだけだ」 「またまた。そんなこと言っちゃって。はいはい、わかりましたわかりました。できないならできないって正直に言えばいいのに。こんなちっさいくせにプライドはでかいんですね」  うまい。  知ってか知らないでか、先生はその手の挑発にとても乗りやすい。 「ふふん。ボクは容姿をバカにされることにコンプレックスを持っているよくあるステレオタイプとは違う。だから「ちっさい」という言葉は許そう。だが、プライドがうんぬんというのは聞き捨てならないな」 「でも、できないから断ったんでしょう? それって逃げたってことですよね」  うますぎる。先生を誘導するお手本のような挑発だ。 「……いいだろう。治療してやろうじゃないか。その異世界ストーカーとやらを」 「ええー? ほんとーにできるんでーすかー?」 「できらい!」  この異世界人、さすがに転生を7回もやっているだけのことはある。  先生はこの見た目で実は成人済みとは言え精神年齢は割と見た目通りのおこちゃまだ。  それに対して、転生を7回も繰り返しているこの少年は、見た目は少年でも中身はもうおじいちゃんレベルなのではないだろうか。  先生を乗せてしまうこの話術は年の功のせいだと考えれば納得がいく。 「それで。この世界にもいるんだな? そのストーカーとやらは」  私たちは調査のためにとある城下町にやってきた。 「はい。ちょうどあそこにいますね。別にボクのことをほんとにストーキングしているわけではないんでストーカーとはちょっと違うと思いますが、あの人、前の世界にもいたんですよ」  少年が指差す方向には一人の女性がいた。  赤い髪のロング。かなり引き締まった体型で、筋肉質と言ってもいいかも。  露出の多めな鎧を身に着け、おそらく冒険者とかそういうなにかだ。 「うーん。ほんとに同じだったのか? 言っちゃあ悪いが割とどこにでもある容姿というか。見間違いとかじゃないのか?」 「絶対違いますね。だって、声も同じなんですよ」 「そりゃあ容姿が同じなんだから声だって似るだろう」 「いやいや、それだけじゃないんです見てくださいよ。なんとなく性格も同じなんですよ! ちょっと乱暴な口調というか男勝りというか!」 「えええ~。そりゃあ赤髪のあのタイプはあの声であの性格になるだろう」 「毎回いるんですよ!」 「うむ。これはもしかすると一種の症候群の可能性があるな」  先生の目つきが変わった。症候群なら先生の大好物だ。 「よし、わかった。じゃあ君が元いた世界に行ってみようか。さっきの女性と本当に同じかどうか確かめてみようじゃないか」 「え? そんな事ができるんですか?」 「ボクを誰だと思っているんだ? ボクは医者だ。当然できる」  普通は医者にそんな事はできません。  私たちは先生の謎の医術パワーによって少年の前にいたという世界にやってきた。世界観は私達の世界とそこまで大きな差はなさそうだけど、武装した人を多く見かける。戦争などの争いごとの多い世界なのかもしれない。 「ほら、いましたよあそこ見てくださいよ」  と少年の指す先には赤髪の女剣士がいた。  たしかに先程街で見かけた女性にとてもよく似ている。 「た、確かに似ているけど……あ、でもほら、顔に傷がついているぞ。さっきの女性とは違うんじゃないか?」 「ええー? でも声も同じですよ。ほら、ハスキーなちょっといい声!」  と、少年が言うと、先生も頭をかきながら 「うーん。しかしなあ……。似てると言えば似てるが、なんとなくどこか違う感じもするんだが。リコくんはどう思う?」  と私にふってきた。 「そうですねえ。たしかによく似ていると思います。これはもう少し調査してみるべきかも知れませんね」      続いて、少年が前の前にいた世界にやってきた。  今度も似たような世界で剣やら魔法やら。  異世界って全部似たような世界ばっかりなのかしら。 「ほらね。やっぱりいましたよ」 「確かに、またいるな」  赤髪の姉御風の女性がまたいた。朱色に近い赤い髪、そして女性にしては身長が高く、声が大きいのですぐに見つかる。  しかも毎回露出が多い。剣士か格闘家っぽいのにどうしてあそこまで露出しているのかしら。ほとんど水着じゃないの。あれでどうやって身を守るのかしらね。 「もう一個前の世界とやらも確認してみるか」  次にやってきたのは更に前に少年がいた世界だという。  またもやレンガ造りの建物が並ぶ、似たような世界。  でも少年が言うには、異世界によって魔法体系が違うとか、獣人族が多い少ないとか、ステータスが見えるとかなんとか、微妙に違いがあるのだそうだ。  この世界では、赤い髪で似ている女性を見つけたのだけど、これまでとは違い、身長はそこまで高くなく華奢で明らかに別人だった。 「ふむ。この世界には『赤い髪の剣士風姉御系』はいないようだな。毎回いるとは限らない、というわけか」  と先生が言ったのだけど、少年の表情は暗かった。 「実は……」  少年は怪談をする前のトーンで言う。 「あの赤髪の少女もかなりの高確率でいるんです」 「ええ? さっきの剣士風の女性がストーカーじゃなかったのか?」 「いえ、実はストーカーは一人だけじゃないんです。あの子、たぶん性格がめっちゃツンデレです。そしてもちろん声も似ているんです!」  私達の目の前でその赤髪の少女は『勘違いしないでよね! あんたのためにやったんじゃないんだからね!』とか言ってた。確かに少年の言う通りツンデレのようだ。 「うーん。あの赤髪ロングでスレンダーなツンデレ少女も高確率で君のそばに現れると。そういうことかい?」 「はい。そうなんですよ。しかもだいたい暴力的なんですよ」 「声も似てると」 「そうですそうです。そのとおりです。声もなんていうんですかね。鼻にかかった感じというか」 「ま、まあそれ以上は言うな。もうわかった」  先生もここまで見せられてしまっては少年の訴えを認めざるを得なかった。 「だが待てよ。ストーカーとは限らないんだよな。だったら君が行ったことがない異世界に行ってみて、そこにいるかどうか確認すれば良いんじゃないか?」 「どういうことですか?」 「だから、あれはどこの世界にもいる存在だと思えば良いんだよ。だって君に被害は与えていないんだろ? ただ目立つから君がそう思いこんでいるだけで、実はどの世界にもいる可能性があるじゃないか」 「なるほど、たしかにそうですね。よく見かけるというだけで別に俺につきまとっているとは限らないってことですか」 「そういうことだ。よし、じゃあ行ってみるとしよう。次の異世界へ」  今度は天使っぽい翼をもつ人たちが悪魔っぽい羽を持つ人達と長い戦いを続けているという異世界にやってきた。 「これもまたよくあるタイプの異世界だ。さて、赤髪は……いた!」  見つけたのは天使側にいた少女で、赤髪で長い髪をツインテールにしている。そして華奢な少女だった。 「ほら見ろ、やっぱりどこの世界でもいるんだよあの少女は!」 「本当ですね。声とかどうなんですかね」 「よし、話しかけてみよう。ついでに性格もツンデレかどうか確認してやる」  先生と少年は何の遠慮もなくその赤髪ツインテールの少女の方へ走っていき声をかけた。 「なあ、君。もしかして俺のこと知ってる?」  少年にいきなり意味不明なセリフを浴びせられた赤髪ツインテールは当然怒った顔で 「はあ? アンタだれ!?」  と返してきた。 「おお、声は同じだな。性格もツンデレっぽいぞ」 「いや先生、まだこれじゃわかんないっすよ。これじゃただのツンかもしれないですよ」 「確かに。だがデレまで持っていく時間は無いぞ」 「俺に任せてくださいよ。だてに7回も転生してないっすから」  いつの間にか先生と少年は息が合い始めていて怖い。 「俺、ずっと前からお前のことが好きだったんだ」  少年のいきなりの告白。  出会った初日なのにずっと前とか言ったところで頭がおかしい人だと思われるのが落ちだ、と思ったのだけど。 「は、はあ? ちょっといきなりなんなわけ? 初対面じゃないの」 「一目惚れしたんだ」  さらに壁ドンまで使って赤髪ツインテールを追い込む少年。少女は顔を真っ赤にしてどうしたら良いかわからない様子。 「いきなりそんな事言われても困るわよ……」 「愛に時間は関係ないだろ」  そう言ってさらに距離を詰める少年。 「わわわ! ちょ、ちょっと待って!」  さらにさらに距離を詰める少年。まさかキスする気!? 「ちょっと待ってって言ってるでしょ!!」  見事なアッパーカットが決まり、少年は高く殴り飛ばされた。  そして、割りと命に支障が出るレベルで吹き飛ばされ、頭から地面に落ちた。ゴキッという音がした。 「ご、ごめん、つい。だ、大丈夫?」  と殴り飛ばした少年の元へ赤髪少女が駆け寄った。 「で、出た。デレた!」  先生が興奮気味に言った。  でもこれデレたって言えるんですかね。 「何言ってるんだ。恋愛に極度に免疫のないあの対応。そして容赦のない暴力からの、やりすぎてフォローを入れる甘さ。見事なツンデレコンボだ」 「それより先生、あの人ピクピクして起き上がってきませんよ」 「おっと。はやく治療しないと致命傷だな」  少年は先生の医術でぎりぎり一命をとりとめた。 「これでわかったな。どの世界にも似たような女性がいるということが」 「ええ、あの黒髪前髪ぱっつんロングも、青髪無口少女も、ストーカーではなかったんですね。どこの世界にもいたんですね。さすが先生です。噂に違わぬ名医です。先程は大変失礼なことを言って申し訳ありませんでした」 「いやいや、わかってくれればいいさ。ボクも今後の研究のために有意義なデータをとることができたしね」 「さすが先生。見た目は小さくても器が大きい!」 「ふふふん! わかればいいんだわかれば!」  アハハハハハハハハハハ!  二人はなぜか気があったらしく何が面白いのかわからなのだけど大笑いしていた。 「これで安心して次の世界へ転生できます」 「なんだ、もう転生する(いく)のか?」 「はい。今回は俺にはあまり時間がなかったんです。ってこのセリフも何度目かな。かっこいいでしょこの残された時間があまりないってやつ」 「そうか。貴重な被検体だったしもう少し君の話も聞いてみたかったのだが、仕方ないな。もしまたこの世界に来るようなことがあればまた寄ってくれ」 「はい。先生に会えて良かったです」  少年のからだはすでに半透明になっていた。ええ? このまま消えるパターンですか? 割と感動的に見えて何も感動する要素がないんですが大丈夫なんでしょうか。 「じゃあ転生して(いって)きます」  そう言い残して少年は消えてしまった。 「行ってしまったな」  先生は遠い目をしてどこか寂しそうに言った。 どこかの異世界で 「よーし、ここが俺の新しい転生先か」  少年はまた同じような姿に転生していた。  街へ行く。 「おお、やっぱりまたいるな。先生のおかげで謎は解けたし何も心配いらなくなったな。あの先生、よくみれば結構可愛かったな」  少年は歩き出した。  この世界での使命を果たすために。  そこには赤く長い髪、筋肉質な体、露出の多い鎧、大きな声の女性がいた。  肩に大きな剣を乗せたその女性はこの世界では数人の仲間と一緒に冒険者のような職業についているようだった。  少年はその様子を満足そうに見てその横を通り過ぎる。  すると女性の声が聞こえた。 「また会えたね」
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