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第1話 タイムトラベラー
真っ赤なロングドレスは今晩の残り物だった。ごくありふれたスタイルのドレス。このドレスだと相当派手な顔立ちじゃないと埋もれてしまうだろう。
完全に出遅れた。しかも胸刳りが浅くバストを強調することも出来ない。誰がこんな使えないドレスを揃えたのか。芳江はブツブツ言いながらホールへと出て行く。
「芳江さん。11番続木さん、1本目ですよ、頑張って」
部長の加賀山が芳江の背中をぴしゃりと叩いて送り出す。
「もう、痛いなあ」
このドレス、胸が開いてない代わりに背中はざっくりと開いていた。気を付けないとお尻の谷間が見えそうなくらいだ。
『でも続木さんはおっぱい好きだから・・・、これじゃ駄目だなあ』
芳江は自分が遅れたことを棚に上げ、まだドレスへの文句を唱えていた。
「芳江」は源氏名である。古風な名前だが、地元九州大分を出て以来ずっと名乗っている。大分出身の青春大河小説のヒロインの名前だ。但し読んだことはなかったのだが。
「いらっしゃいませ。今日は早いんじゃありません?」
言いながら席に着く。当然奥へ、隣のソファに芳江は腰を下ろした。
「まあね」
続木が芳江に顔を綻ばせる。続木は煙草を吸わない。酒が出来なければ手持ち無沙汰だ。
すでにテーブルにはボトルとアイスが出ていた。急いで水割りを作る。その時芳江の脳裏に続木の考えていることが閃いた。
「これしかなかったのよ〜」
前屈みになっても胸元の開かないドレスに芳江は再び悪態をついてから上体を捻った。
「でもね、後ろはぱっくり開いてるんだあ」
そして出来上がった水割りを差し出すために上体を戻す。
「それ、後ろ前に着てくれたらニューボトルだけどな」
ニヤニヤしながら続木が言った。
続木は本当にそういう状況を空想しているんだろう。まったくこの男はと芳江は思う。
「それじゃ、おっパブになっちゃいます。当店は会員制高級クラブですから」
芳江がそう返すと、続木は、
「やっぱり芳江にはキャバクラの方がお似合いだよな。会員制クラブは違うんじゃね?」
と言って来た。
とは言いながら移籍したこの店に着いてきてくれた続木は芳江の上得意だ。しかも身体を要求されたことなど一度もない。色々言うけどそれだけで、きれいな飲み方をする。
もっと本気で口説いてくれたら、付き合ってもいいんだけど・・・などとはおくびにも出さない芳江だ。
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