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最後の客が帰った後、芳江は杏奈と連れだって深夜営業のレストランバーへ入った。和風の個室である。
「大丈夫。ここは店の子たちもボーイたちも来ないから」
芳江はそう言って部屋に上がるともう一度廊下を見渡してから格子戸を閉めた。
「おもしろいとこですね」
「続木さんに教えて貰ったの」
「へえ、あのお客さんセンスいいんですね。お姉さん、長いんですか?」
「まあね、7年くらいかな」
「へ〜、そんなに。他人じゃないって訳だ」
「いえ。そういうことは・・・」
「マジでえ? 蛇の生殺しを7年も・・・。可哀想う〜」
「杏奈ちゃん、あのねえ」
芳江と杏奈は料理3品と烏龍茶を頼んだ。
「全くあいつ、上川って人、なんなんだろう。いきなりあんな話し」
杏奈が急に真顔に戻ると芳江に言った。芳江は黙って杏奈を見詰めている。
「過去にしか戻れないんですよ、私」
杏奈が芳江の顔に答えた。
「しかも戻れるのは10分。ウルトラマンみたい。あ、ウルトラマンは3分でしたっけ?」
「え? どういうこと?」
芳江にはまだ理解できない。
「だから、私のタイムトラベル能力は過去に10分戻れるだけなんです」
杏奈の告白に依れば、一度に時間を飛べるのは10分だけで、しかも時間を戻ることしか出来ないという。未来へは行けないのだった。
「中途半端な能力ですよね」
杏奈が自虐的に言う。ここで芳江にひとつ疑問が浮かんだ。
「元いた時間へ帰るのはどうするの?」
杏奈は未来へは飛べないのだ。
「10分ですからね、いつの間にか戻ってるわけです」
杏奈がうつむき加減に答えた。
「でも、一度きに飛べなくても何度か繰り返すことでもっと長い時間を遡ることが出来るんじゃないの?」
芳江の疑問は尤もだった。10分を10回繰り返せば100分になる。
「体力が保たないんです。あたしも何度も試してみました。連続してジャンプできるのはせいぜい10回です。おっしゃる通り100分前にまで戻ることは出来ます。もちろん更に休憩を挟んでこれを繰り返せば半日くらいの時は戻せます。でも、現在に戻るには丸々半日をまた過ごさないとだめなんです」
杏奈の能力は何とも使い勝手の悪い能力に思えた。
「私に出来るのは、あっ、しまったと思った瞬間にそれをやり直せることくらいなんですよ」
杏奈はすっかり落ち込んでいる。
「それ、凄いんじゃないの?」
芳江が言った。えっという顔で杏奈が芳江を見る。
「だって、失言とか失敗とかすぐにやり直せるんでしょ? なかったことに出来る。それ最強じゃない」
芳江が言うと杏奈も少し気分が直ってきたようだ。
「本当に? お姉さん、そう思いますか?」
「ええ。要は使い方でしょ? 使い方次第で最強の能力になると思う。実際、上川って人との危ない話しをなかったことに出来たわけだから」
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