第八話 松田と今村

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第八話 松田と今村

「あ、いたいたぁ!」  昼休み。  屋上で、菜々美は義弘と二人、昼食を取りながら、“例の廊下”のことを話していた。  そこにやってきたのは、田中だ。 「あ?田中…」  義弘が訝しげな顔で、声の聞こえた方へ振り返ると、そこにニコニコ近づいてくる田中の姿が目に入った。  肉付きの良いやや肥満気味の体型だが、それに似合わず髪質がとてもよい田中は、センター分けにした色艶のよいサラサラの黒髪を靡かせている。  その見た目、キャラ的に、誰が見てもオタクであることは一目瞭然だ。  別に義弘に偏見はなく、オタクが悪いこととは思っていない。  ただ、スポーツマンの義弘から言わせれば、もう少し“引き締めて”ほしいと言ったところだった。 「探したよ井上さーん。教室にはいないしさあ。でそのぉ…黒澤君と何?やっぱ二人はその…」  田中が“二人の交際の噂”に触れようとすると… 「付き合ってない」 「付き合ってねえ」 質問を遮るように、菜々美と義弘は声を重ねて返した。 「…それならそれでいいんだ。むしろ、いいかも」  田中がそう言うと、義弘はため息をついた。 「おい田中。だからって勘違いすんなよ。菜々美が連絡したのは、お前に気があるからじゃあねえからな」  人差し指を立て、語気を強めにそう言う義弘。  田中はそんな義弘の肩を叩き、大きく頷いた。 「嫌だなぁ黒澤君。そんなこと思うわけないだろう。僕がモテないのは、僕自身よおぉく解ってる。僕のことを愛してくれるのは、三次元(リアル)にはいないんだよ」  目を潤ませる田中を見て、義弘は苦笑した。 「…いいよ、そんな虚しい話…思わず涙が出るわ。ところで何の用だ?」 「ああ、そうそう…これを井上さんに見て貰おうと思ってさ」  田中は、ポケットを弄ると四つに折られた紙を取り出した。    それを広げると、複数の写真が切り貼りしてコラージュされたものが写っていた。 「何だ…これ?」  田中の手からピッと取り上げて、広げた紙を見つめる義弘。写っている写真は、殆どが“人”だ。 「あ!ちょっと、井上さんに見せようと持ってきたのに」  眉間にしわをよせて眉を八の字にする田中。  そんな彼の言葉など無視して、義弘は広げた紙を見つめた。  コラージュされた写真は昔のものであることは一目で分かった。  髪型など昔のものだと時代を感じる写真ばかりなのだ。そして、写っている人物らの着ているのは、ここ聖華学園の制服だとも分かる。 「これは家のスキャナで取り込んで、プリントしたものでね…」  田中の説明によると、聖華学園の卒業生である叔父の文集からスキャンしたもので、“二件の失踪事件”について調べていた頃に、借りたまま返すのを忘れていたという。 「いやあ昨夜、井上さんと電話で話した後…ふと“文集(これ)”のこと思い出してさ…、叔父さんに返さないまま放置してたなぁって思って」  田中の叔父が在校中当時、聖華学園では卒業アルバムとは別の文集に、手作りの写真集を掲載していたらしく、その一ページをスキャンし、プリントした物を持ってきたのだ。 「へえ…。ね、私にも見せてよ」  菜々美は義弘から、プリントされたそれを受け取り、じっくり見つめた。率直に、文集の手作り感がいいなと思った。  コラージュされた写真に写る生徒たちは、皆実に楽しそうなものばかりだ。 「…あれ、ちょっとこれ」  ふと菜々美の目に、その中の一枚の写真が止まった。  文化祭だと思われる一枚。  複数の生徒たちと、若い女性教師らしい二人が一緒に写っている。  その女性教師らしい内の一人は、顔から“松田”だと分かった。 「これ、松田先生じゃん!」  菜々美がそう言うと、義弘はどれどれと顔を近づけた。 「…うっわ、マジだ。めっちゃ若い!ってかあの先生、こんな可愛かったの?」  その松田と肩を組み、とても仲が良さそうにしている、もう一人の女性教員にも目が行く菜々美と義弘。 「…この先生は、誰だろう?今はいない人かなぁ」  菜々美がふと、そんなことを呟くと、田中が口を開いた。 「はいはい、お答えしましょう。それがその年、つまり昭和60年に失踪した“今村 瑞穂”なんだよ」  紙から目を離し、ゆっくり顔を上げる菜々美は、目を点にした。 「…え?」  田中は、そんな彼女の顔にご満悦の様子だ。  オカルト好きの田中は、自身が恐怖の情報を知ることは勿論、人に話した時の反応も楽みなのだ。  バカにされることも多いが、学年に何人かは真面目に聞いてくれるオカルト好きの生徒もいる。  しかし、今回はこれまで接点のない菜々美が相手で、彼女のその反応が実に嬉しかった。 「おいおい、“例の廊下”に出る女の幽霊が、この顔だなんて言うんじゃあないだろうな?失踪した後に霊となって出るようになったとかよ」  義弘が片眉を下げ、苦笑しながら言った。 「え、例の廊下での失踪した人物の話って…黒澤君も知ってるの?井上さん、彼に話したの?」  義弘の反応を見た田中は、菜々美に尋ねた。  菜々美は、口をへの字に軽く頷いた。 「そうなんだ…」  少しがっかりする田中を見て、黒澤は片眉を下げて苦笑した。 「何だよ田中、俺が関わってたらいけないのかよ。この幽霊やら失踪者ネタで、菜々美と二人で話せるとか期待してたかぁ」  義弘は苦笑しながら田中を胸を人差し指で突いた。 「いや…そ、そ、そんなことはないけど」 「何だよ、動揺して。顔に出てんじゃねえか。三次元(リアル)にはなんちゃらとか言ってたくせに、期待してんじゃねえか」 「いや、そ、それよりさ、その女の幽霊って話!」 「…ん?あ、おう、何だっけ?」 「いや、その僕もその廊下で出るって噂の幽霊を見たことないから、それが、この今村かどうかは知らないよ。でも、そもそもこの今村…あー、その前の用務員の岩崎もだけど…」 「…何だ、失踪者の二人がどうした?」 「その二人の失踪が、噂通り、幽霊に例の廊下の床に引き摺り込まれたとして、…その幽霊が被害者の今村ではないでしょ」  それもそうかと、菜々美と義弘は二人とも肩を竦めた。 「それよりさ…この写真見て…何となく気にならないかな?」  田中の問いに、菜々美と義弘は、写真をもう一度見るが、彼の言う“気になる”ところは、特別に感じない。  強いて言うならば、今村と松田の仲がとても良さそうな雰囲気だろうかと、菜々美は思った。  静止した一枚の写真から、その雰囲気がどこまでの真実を写したのかは分からない。  ただ、それでも二人の仲が決して悪くはないことはその表情から伝わった。 「…仲良さそう、とても」  菜々美がぽつりとそう答えると、田中は軽く頷いた。 「そう!せいかーい!」  田中は両掌を嬉しそうに強く叩いた。 「新人の頃の松田先生は、今村を姉のように慕っていたらしいよ」 「…そ、そうなの?」 「ま、あくまで叔父からきいた話だけどね」  菜々美は、怪訝な顔で、田中と写真を交互に見つめた。 「…ちょっと待って。田中君は、それってさ、そのつまり松田先生が…この“今村 瑞穂”が失踪した当時のことで、何か知っているかも…そう考えてるの?」  次はパチンと指を鳴らすと、中田は軽く数回頷いた。 「…井上さん、鋭い!そりゃそう思うのは当然でしょう。以前、学内での失踪の件について調べてた時から僕はそう思ってたさ。今村失踪事件には、松田先生が何かしら関わってる…もしくは知っているってね」 「……ひょっとして、田中君は松田先生に、学内の失踪事件について、話を聞きに行ったの?」  田中はふっと真顔になり、間を空けた。 「…あー…いや……それはないよ。だって仮に松田先生が何か知っていたとして、直接尋ねて答える訳はない。幽霊の仕業であれ、他に違う理由であれ、学内から人が失踪したなんて、まともじゃないからね。だから、この件は、僕の中では“もういいかな”って、思ってたんだけど…」 「…けど?」 「昨夜、井上さんから、まさかのメール。しかも話題は、“例の廊下”!少し忘れかけてた、松田先生への疑惑をね、思い出したってわけ」  義弘は、田中の話を遮った。 「…菜々美、じゃあ話は早い。松田先生に訊こうぜ。この今村の身に何があったか、真相が判れば、ひょっとして、“例の廊下”の噂なんて嘘だって知れるかもしんねーぞ」  確かにそう。  訊く価値はありそうな話だ。  だが、田中の言う通り、今村失踪について、松田が何か知っていたとして、素直に答えてくれるのか、菜々美は迷った。 「…いい。松田先生に話すと返ってややこしくなりそう」 「…でもよ」 「いい。この件…多分あの廊下に何かあるって、私思ってるから」  確信を得たかのような表情の菜々美を見て、義弘は怪訝な顔をする。 「何でそう思うんだ?」 「え?」 「大分確信を持って言ってるように見えたぞ」 「そ、それは…」  菜々美は、昨夜、例の廊下で蛍光灯が一度暗くなり、また点いた瞬間な、女性の人影を見た気がしたことを思い出していた。  それだけではない。  昨日、図書室で松田に、倉庫地下室のことを聞いた時には、全く知らない風だった。  いや、教員として聖華学園に来た時には、既に西校舎は存在していた。つまり地下室については本当に知らないのかもしれないが、幽霊が出る噂の発端となっている今村の失踪については、親しい関係だったのであれば、何か知っている可能性はある。  その上で、昨日、何も話てくれなかったのは、何かを知っていたとして他人に話したいことではないのか、本当に何も知らないのか、どの道答えは聞き出せないだろうと考えた。  たが、田中が手のひらを二人に向けた。 「ちょっと待って…何だか知らないけど、君らが“例の廊下”について調べたいって言うなら、僕が松田先生に尋ねてみるよ」  田中がそう提案をすると、菜々美と義弘は、目を大きくして彼の方を向いた。 「あ?お前さっき、どうせ訊いても喋ってくれないから諦めたって言ってたじゃあねけか」 「まあそうなんだけどね…。でも君たち、何かマジに知りたいみたいじゃん。“例の廊下”のこと…。理由は知らないけど、オカルト好きの僕としては、マジに知りたい人がいるなら、玉砕覚悟で尋ねにに行ってみるさ」  田中曰く、松田との仲はそこそこに良好だという。その上で、自身がオカルト好きだということも度々話したことがあり、その手の情報通であることは知っているという。だから、例の廊下や今村失踪について話題を出しても違和感はないだろうと言うのだ。 「勿論、今村と松田先生が過去に親しかったことを知っているってことは伏せるさ。単なる好奇心でってことにする。でも、君らが尋ねるよりは、警戒はされないと思うんだ」  なるほどと思った義弘は、田中の肩を叩いた。そして、広角を上げて言った。 「…田中、いいなその作戦。何か聞き出せたら、お前に女の子紹介してやるよ」
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