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第一話 消えた友達
2001.7.18 水曜日
夜中の午前一時を過ぎたところ。
人気のないそこは、港区にある“聖華学院高等学校”の敷地内。
精神にキリスト教を掲げている私立高校だが、教育に取り入れているのは、形式や様式美にとらわれないプロテスタントであり、宗教色は薄く、他の学校と何ら変わりはない。
しかし当然ながら、今は生徒がいていい時間ではない。
「…もうすぐ一時十三分。その時間に…“何か”あるって本気で思ってるのか?」
そう尋ねたのは、この学校の二年生、黒澤 義弘。
「うん…」
小さく頷くのは、同じく二年生の、
井上 菜々美。
二人は、懐中電灯を片手に、学内のある場所にいた。
それは、“西校舎”と“南校舎”を繋ぐ廊下だ。
真夜中の学校敷地内は、所々に街灯や、蛍光灯か点いてはいるが、殆どが暗く、日中には多くの人間がいるだけに静寂はとても不気味に感じた。
校舎内の廊下となると、非常時案内の緑に光る電光か、火災警報器の赤いランプがあるだけで、懐中電灯がなければ自分の手先も見えぬほどに真っ暗だ。
学校の夏服姿の二人が、真夜中の今ここにいるのには当然理由があった。
菜々美の友人である栞が、彼氏と“肝試し”に行くと連絡があったのが二日前のこと…。
その場所が、今二人がいる、廊下なのだ。
“南校舎”は、学園創立当時からの古い建物で、“西校舎”は後から増築された建物だ。
二つを見比べれば、造りや外観から、その年代の違いは解るが、それでも“西校舎”の増築も二十年ほど前のこと。
増築以前、“南校舎”の端、つまり今の“西校舎”とを繋ぐ廊下にあたる所には“倉庫”があった。
そのことは、西校舎増築以前の卒業アルバムに小さくだが写真が写っていたので、確認することはできた。
倉庫には“地下室があった”というのだが、それが本当かどうかはさすがに確認する術はない。
いつの頃からか、誰が言い出しのか、その地下室には、“女性教師の遺体がある“という話が噂されるようになり、学園内では当たり前の怪談話として浸透していた。
倉庫自体は、西校舎増築の際に取り壊されたが、地下室はそのまま残されているというのだ。
勿論、それが事実だとして、すでにそこは埋め立てられる形で西校舎と繋ぐ廊下を造ってしまってるわけだから、確認しようはない。
この先、いつか学校の建て直しなどで取り壊しでもすれば、その真相もはっきりするかもしれないが、そんなのは何十年も先のことであろう。
その噂には続きがあり、午前一時十三分にその廊下に行くと、女性教師の霊に、地下に引き摺り込まれるというものだった。
地下に引き摺り込まれると、埋め立てられたそこからは抜け出ることは当然出来ず、そのまま中で誰に知られることもなく死ぬという。
そういった怪談話が好きな者たちにとって、この噂をより興味を抱かせるのが幽霊の目撃情報だ。
放課後の夕方、学内の人気が少なくなった頃に、“女性らしい人影”を見かけた、という者がこれまで何人もいたという話はあった。
噂を盛り上げるために嘘をついた者、あるいは噂のせいでそんな錯覚をしたという者もいたであろう。
しかし一週間前、二年生のある生徒が放課後に女性らしい人影を見たという話が、一部の生徒達の間で広まった。
直接見た生徒が現れたとなれば、この手の話が大好きなのが菜々美の友人、栞が食いつかないわけがなかった。
2001.7.16 月曜日
「ねえ!菜々美!今夜さ、例の廊下に行かない?」
目をキラキラさせながら、肝試しを誘う栞に、菜々美は苦笑した。
「え?ああ…“見た”ってあの話信じてるの?」
「それを確かめるんじゃない!放課後なんかじゃなくて、噂の午前一時十三分!その時間なら、どうなるか、見ものよ!」
「ん〜…いやぁ…私はパスかな、怖いの苦手だし」
「えー、私の彼氏も付いてくるから、怖くないって」
「でも宿直の先生にバレたら、怒られるだけじゃ済まないでしょう。幽霊も怖いけど、そっちも怖いよ」
「ちぇ、つまんないのー」
こんなやり取りが交わされた翌日、教室に栞の姿はなかった…。
寝不足でサボったのかと、最初はそう思った菜々美だったが、栞の彼氏も欠席してることを知り、何となく“嫌な予感”がしたのだった。
「はあ?栞が彼氏と行方不明?そういえば、今日休んでたな」
放課後、菜々美はクラスメイトの義弘に相談をした。
二人は出身中学は違うが、一年生の頃から同じクラスで、ドラマや漫画の話が意気投合したことで、仲良くなった関係だった。
“二人は付き合ってる“と噂されたことがあったが、義弘には地元の立川に“金島 玲奈”という彼女がいるらしい。
菜々美は、昨日の栞とのやり取りのこと、そして今日はメールの返信もなく、電話も通じないということを義弘に説明した。
「肝試し…ねえ。え、あいつの彼氏って誰だっけ?」
「三年生の、安達先輩」
「ああ、テニス部の元部長さんか」
「そんなことはどうでもいいんだって」
「…ん?あ?何?まさか…霊の話?引き摺り込まれるってあれ」
「…うん。いや馬鹿げてるとは思うけど…肝試しに行くって言って二人揃って来ないって…気になっちゃって。先生に言って……信じてもらえないでしょ」
義弘は、面倒くさそうな顔を浮かべて、頭を掻いた。
「…菜々美、ちょっと落ち着けって。栞の家には電話したのか?マジで行方不明なら、親が警察に届け出すとかさぁ」
「それが…栞の親は放任主義で…“友達のところに泊まる″で、済んじゃうから…」
「…あ、なるほど。で、要するに?」
菜々美の頼みは、栞が夜中にいたであろう、西校舎と南校舎とを繋ぐ廊下に来て欲しいということだった。
栞が昨夜、本当にそこにいたのかは定かではないが、菜々美はモヤモヤしたものを感じていた。
これまで栞が学校に来ない日でも、連絡が取れないことは一度もなく、仲の良い友達だからこそ解る胸騒ぎがあった。
とはいえ、霊の噂を間に受けているわけではないが、それでも栞との連絡が取れなくなったことで、一人でその現場に行きたくないというのが、菜々美の正直なところだった。
「わーったよ。部活終わったら付き合ってやるから、待たせるけどいいか?」
義弘はサッカー部。
運動部で鍛えている男子というのも、菜々美か頼る理由だった。そして、何だかんだとこうして話をきいてくれる優しい男なのだ。
「うん…ありがと」
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