第六話 栞

1/1
前へ
/9ページ
次へ

第六話 栞

2001.7.18 水曜日 「え…電話で話した?田中と?」  翌朝、栞の母親に電話を掛けたことと、そして田中とも電話話したことを菜々美から聞き、目を大きくした義弘。  栞の母親については、「なんて親だよ」と思わず呟いた。二日も帰らない娘に対して心配してないことに、呆れて首を横に振った。  そして田中と電話に至ったことにはただただ驚くばかりだった。  田中のメールアドレスを教えたのは自身だったが、そこまで真剣に考えてのことではなかった。怪談なんて噂が広まっただけの、ありえないことと解ればいいかくらいに思ってのことだった。  学年で一番、オカルトやホラー話に詳しいとはいえ、所詮はオタクの域。菜々美が話を聞き入るとまでは思わなかった。  礼を言う菜々美に、義弘は片眉を下げて困った顔を見せた。 「おいおい、まさか、田中のその話信じるのか?」 「霊の話を信じるかどうかじゃないよ。失踪した人がいたのは事実。もう夜中にあの場所に行ってみるしかないよ…」 「…午前一時十三分、だっけ?」 「うん…。義弘は、別に今夜は付き合わなくていいよ。夜中の学校侵入なんて、バレたら、ヤバいし」  唇を尖らせた義弘は、上を向きながら頭を掻いた。 「……いや、いいよ。乗りかかった船ってやつだ。ここまで来たら付き合ってやるよ」 「え?本当?無理しなくても…」 「いや、それより、栞のことさ……お前がそこまで探すことないんじゃないのか?勿論、友達なのは解る。だから連絡取れないのは心配だろうけどよ」  義弘が尋ねると、菜々美は眉根を寄せて微笑んだ。 「…私ね、一年のとき、ちょっと虐めに合ってたの」  その話に、義弘は訝しげな顔をした。  一年の時も同じクラスにいたが、菜々美が虐められてるなどまったく気づかなかったからだ。  そんな菜々美の口から出た名前。  “江藤(えとう) 千聖(ちさと)”。  同じ学年で、一年の時に、菜々美、義弘と同じクラスだった女子生徒の名前だ。  菜々美は、その千聖が虐めの主犯だと言った。 「義弘が、私への虐めに気づかなかったのは、当たり前。千聖の虐めは先生にも分からないほど陰湿なの。同じクラスに“千春”ちゃんっていたでしょ?」  “千春”、目立たないが謙虚で美人。勉強もスポーツも出来る優等生だった。男子人気も高かったが、ある日突然学校を辞めた。  忘れかけたその顔を思い出す義弘。 「あの子も、千聖に目をつけられてね、虐めに耐えられなくって、学校辞めたんだ」 「え、そうなの?何で?どういう虐めだよ?」  千聖も、男子生徒には人気のある顔もスタイルも、そして頭もいい。だが、支配欲に取り憑かれたような性格をしており、頭の良さ、その性格をより歪ませていた。  常に自分に都合のいいクラス、常に自分が一番でないと気が済まない。  それは、ただ成績で一番というようなことではなく、女子にとってはリーダー、男子にとってはヒロインでないといけないという感じにだ。  それが千聖。  従順な女子生徒の心の隙間に入り込み、自分に従わせるのが上手く、いわゆる“スクールカースト”において、上位の部類に入る千聖は、自分の仲間でいると上にいられるような安心感を与えるのが上手い。それはもはや才能と言えた。  クラスで作ったグループは、一見教師からも解りにくいが、女子生徒らの中で力を誇っていた。  そんな中で、千春のことを好きな男子生徒たちの中に、千聖が気に入っていた人物がいたらしい。  それが気に入らなかった千聖は、千春に対して無視をするように、クラスの女子に命令をした。 「あ?じゃあ、一年の時に、クラスの、女子たちは千春のことシカトしてたっての??」  頷く菜々美。 「でね、怖いのが、昨日まで仲の良かった子も、千春ちゃんを無視し始めて…」 「何でだよ?」 「千聖に逆らうと、次は自分が同じ目に合わされる恐怖があるから」 「…マジ?」  千聖の怖い人間性は、更に上の段階があるという。  当然、友人からも無視されるのは精神的にキツい。そんな日々を過ごす中、耐えかねた千春は、朝の朝礼中に突然泣き出してしまったことがあった。 「…あー、そんなことあったっけ?」 「あったよ。その時、先生も驚いてたんだけど…」  騒めくクラスの中において、担任の教師より先に声を掛けたのが、何と千聖だった。 「どうしたの?千春ちゃん、大丈夫??」  千春の肩に優しく触れて、心配そうな表情で声を掛けるその様子は、何も知らない、特に男子生徒から見れば、魅力的に見えたことだろうと、菜々美は言った。 「でも、私見たよ。その時の千春ちゃん、一瞬青くなってたのを…」  加えて、千聖には他校だが、不良の兄もおり、それも彼女の強さを際立たせる武器でもあった。  だが全員を支配することは出来ない。その内の一人が、菜々美だった。  菜々美は、正直に言えば千春と仲が良かったわけではなく、千聖の虐めに対しては傍観者という立場だった。  しかし、別に千春を無視する気もなく、挨拶をする等、何気ないことを普通に行なっていたという。 「それが、千聖の癇に触れたみたいで、千春ちゃんが辞めたあと、次は私が同じ目に合ってたんだ…」  そんなことがクラスで行われていたなど知らなかった義弘は、怪談の噂話よりよほど衝撃的だった。  千聖に対しても、確かに少し高飛車というか、女子に対して当たりがきついと思うところもあったが、リーダーシップを取れる魅力的な女子というイメージに見ていたので、菜々美の話は俄かに信じられなかった。  そんな千聖の虐めから菜々美を救ったのが栞だったという。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加