第七話 気にする理由

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第七話 気にする理由

 明るめの茶髪に短すぎるスカート、偽物とはいえピアスを耳に付け、そんな見た目の栞は、一見“馬鹿そう”に見えた。  が、実は成績もよく、学年順位で言えば、“千聖”より常に上だった。  そんな栞は、明るく、誰にでも普通に話を掛け、表裏のない性格で、誰からも好かれる。そんな彼女は、クラスは違っていたことを差し引いても、千聖の力の及ばない人物の一人だと言えた。  栞自身は、そこまで自分の性格に意識してるわけでもなく、また違うクラスの千聖のことも気にしていたわけでもなかった。 「やっほお!確かぁ、井上さん…だっけ?二組だよね?」  ある日の昼休み、菜々美が栞から声を掛けられた。 「え!?あ!えーと…」  あたふたする菜々美をみて、クスクスと笑う栞。 「そんな驚かないでって。あんた最近毎日ここで昼食べてるじゃん」  栞は、売店の焼きそばパンをかじると、パックのカフェオレをストローでちゅうっと吸った。  学内に食堂はあるが、毎日お弁当の菜々美。  前は教室で食べていたが、千聖に目をつけられてからは、彼女のいる教室で食べる気にはなれず、屋上の人目につかない所で昼休みを過ごす日が続いていた時期があった。  そんな時に、声を掛けてきたのが、栞だった。  友達たちと仲良くしてる姿を何度も見かけたことがあったのに、急に一人で弁当を食べているのは、何か“訳あり”だと察した栞は、そんな菜々美が気になって声を掛けたのだそうだった。  それが、菜々美と栞、二人の出会いだった。 「あー…はいはい。千聖ってあの目立つ子ね。うちのクラスでも、あの子のこと好きだって言ってる男いたよぉ。男子人気はあるよねえ。腹黒いとも聞くけど」  菜々美が、屋上で一人で弁当を食べている理由が、クラスメイトの“千聖”にあると聞いて、納得した栞。  千聖が人間的に問題があることは、知っていた。  そんな栞は、基本的に昼はワイワイ友達と食べるが、たまに一人になりたい時もあり、そんな時は屋上に来ることもあるのだそうだった。  まさに、そんな時に菜々美を見かけていたというのだ。  この日もそう。  見た目に似合わず…というと、本人は怒るらしいが、屋上から街並みを眺めながら一人でぼおっとするのが好きだと言う、そんな深い感受性のある栞。 「よしよし、分かった!そっちにさ、“明子”と“愛美”いるでしょ?」 「え、あ、うん」 「あいつらに、井上さんと仲良くしてやってって、言っておくよ」 「え?」 「あー、“あの二人”さ、中学生からの私の友人だから!」  どちらかと言えば真面目な菜々美とは異なる性格の栞だったが、話してみれば、趣味や好みが合い、仲良くなるのにそう時間は掛からなかったという。  また、同じクラスの“明子”と“愛美”は、いつも二人でいることが多いと思ってはいたが、要するに千聖の派閥に飲まれないクラスメイトだったことを知った。  二人とも芯が通っており、千聖の虐めのターゲットにもされることはなかった。また先入観があっただけで、実際に話してみると菜々美と二人との相性は良かった。  そんな明子と愛美と仲良くなったお陰で、菜々美も、千聖から虐めを受けることはなくなり、クラス内で過ごすことが楽になった。  何より、栞と会う昼休みが楽しみで、学校は休むことなく通えたのだという。  そして月日は流れ二年生なり、菜々美は、千聖とは異なるクラス、そして栞と同じクラスになり、今に至るという。 「マ…マジかぁ。ごめん…俺、全然知らなかった」  栞と仲良くなった切っ掛けが、千聖の虐めだったことを知った義弘は、頭を下げるも、菜々美は苦笑した。 「知らなくて当たり前。言っておくけどね、義弘もクラスにいたから、私は不登校にならず学校に通えたんだよ」 「そ、そうか?ま、まぁ…男子には千聖の影響力とやらはなかったみたいだしな。いやあ…しかし女子って怖えな」  義弘が所属するサッカー部にも、千聖のことのが好きだという男子生徒がいる。義弘は恋する男心を傷つけたくもないが、でも真実を教えてあげたい気持ちもあり、少し葛藤した。 「私が栞のことを気にする理由解った?」 「あ、ああ。それは十分解ったよ。でも…それ以上に俺は“千聖”に驚いたよ。とんでもねえ奴だな」  義弘は、菜々美の話き聞いて、今夜学校に侵入する計画について、少しやる気を出すことが出来た。内心、菜々美への義理で付き合うという気持ちだったが、栞を想う菜々美に力を貸すという気持ちに切り替えていた。  チャイムが鳴り、担任が教室に入って来ると、解散して自分たちの席にそれぞれ戻る二人。  この日は、菜々美は一日授業に身が入らないでいた。  授業が始まっても、机に座っているだけで、頭の中では、田中から聞いた失踪者二人のことが繰り返し巡り巡っていた。  そう、二人。  一人は昭和57年に失踪した、用務員の“岩崎 五郎”。  もう一人は、昭和60年。宿直担当だった教員の“今村 瑞穂”。  岩崎失踪時に落ちていた不正複製した学校のマスターキーが、そして今村失踪時に懐中電灯が、それぞれ“例の廊下”に落ちていた。  年代は違うが、消えた二人と“その原因”は関係があるからこそ、“例の廊下”にそれらが落ちていたのか。それとも、ただの偶然か。  連絡の取れなくなった栞と、彼女のピアスが“例の廊下”で落ちていたことが重なる。  そして失踪者について、後者の“今村”についてなら、おそらく時期的に松田も知ってるであろうこと。怪談の噂と関係ないとしても、何かしら思うことはないのだろうかと、昨日図書室では、特に何も言っていなかったことに少し引っ掛かりを感じていた。  しかし、“例の廊下”の下に今も地下室があり、女性教師の遺体があるという噂は、やはり嘘なのではないかとも考えていた。  大きく取り扱われてはないとは言え、学内で失踪者が二人もいたことは事実。  それよりも以前の話とは言え、殺され地下に放置された教師がいたとすれば、その人物は“学内での失踪者”となる。  その話が真実だとした場合、女性教師を殺したその犯人の“男“は?  知らぬ存ぜぬで、その後も学園の教師を続けたというのだろうか。  田中は、実際に起きた失踪事件以外の、“怪談そのもの”については、特に詳しいことを何も言っていなかったが、その辺を真相を調べれば、栞が姿を消した理由もあるいは判るかもしれない。そう思う菜々美だったが、残念ながらその時間はない。  栞と連絡が取れなくなって、今日で二日目。  今は、栞が無事でいて欲しいと願うばかりだった。
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