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「コーメイさん!」
自分のことだとは、露ほども思わなかった。
他人の粗探しを生業とする上司の愚痴に付き合わされ、疲労困憊だった退勤後。ひたすら足元を見つめながら、僕は暗い家路を辿っている途中だった。
「コーメイさん、コーメイさんってば!」
声の主に強く腕を引かれ、ようやく『コーメイさん』が僕に対する呼び声であることに気づく。振り返ると、肩口辺りに大粒の涙を流す女の顔があった。
「生きていたんですね、コーメイさん!」
ヤバい。まともに取り合ってはならない事案だ。
「あの、人違いですよ」
ただならぬ怪しい気を女から感じ取った僕は、時刻を確認する体で腕時計へと視線を向ける。とにかく、目を合わせるな。
「いいえ、あなたはコーメイさんです。また会えた。会いたかった!」
ぶら下がらんばかりに腕を絡める女を、僕は力づくで引き剥がした。
「急いでいますので!」
冷静に対処するはずが、気づけば全力ダッシュで駆けていた。逃げ出す僕の背後では、件の女が一層甲高い声で叫んでいる。
「また会いましょうね、コーメイさん!」
なんなんだ。
新手のキャッチか?
だいたい『コーメイ』って誰だよ。
僕の名前は、『英明』だ。
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