伊藤(橙)

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伊藤(橙)

「どうした?」  朝、朱里の目が少し腫れていた。 「分かっちゃう?だいぶ冷やしたんだけどなぁ…」  無理して笑顔を作る朱里に、俺は笑顔を返せない。 「昼、一緒に食べよう‼︎迎えに行くから」 「え…」  有無を言わせず俺は立ち去った。 「朱里ー」  一方的ではあったが、約束通り昼休みに朱里を迎えに行った。 「で、どこに向かってるの?」 「人のいない所」  正門から玄関に続く通路の途中にひっそりと置かれて、普段見向きもされないベンチに並んで座る。 「三年間絶対座る事なんてないと思ってた…」 「俺も…」  校舎からは駐輪場で死角になっている。  柔らかく陽が当たるため11月のわりには寒くは感じなかった。  目の前の金網越しのテニスコートをぼんやり目に映しながら、朱里がトートからランチボックスを取り出した。 「サンドイッチだ‼︎朱里が作ったやつ?」 「そうだよ。食べる?」 「当たり前ー」  どれにしようかなと指差しながら、さり気なく 「朱里、佐藤と何かあった?」  そう聞いた。 「ホント橙司は何でも分かっちゃうんだから…」  作り笑いじゃない朱里の笑顔に、ホッとして俺も笑った。 「だって俺、朱里が好きだから」  サンドイッチを食べながらいつもみたいに告った。  いつもみたいに「ムリ」って言って笑うんだと思ってたんだ。 「私、橙司よりも背が高いよ?」 「…だから、俺まだ伸びるから」 「私さ、イケメンが好きなんだけど」 「…俺もイケメンなんだけど?」 「私、化粧とったら地味だよ?」 「好きだよ」 「私、ただの高校デビューの作り物だよ?」 「大好きだよ」 「バカじゃん?私、失恋したてだよ?」 「チャンスタイム来たかなって…」  抱きしめたいと思ったその時、朱里が抱きついて来た。  俺はイケメンに勝利した。 …いや、俺もイケメンだけどな。
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