田中(朱)

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田中(朱)

 振ったのに毎日声をかけてくる伊藤君。  すごいメンタルだと感心してしまう。  私だったら絶対できない。  毎日ちょっとずつ話していくうちにすっかり仲良くなって、名前で呼び合う様になった。  打ち解け合った途端に、毎日の挨拶に「付き合って」「ムリ」のやり取りが加わった。  気が合うし、すごくいいヤツだとは思ってるんだけど…玄人に感じる様なときめきがない。  橙司は167センチの私より少し背が低い。  本人曰く「まだ伸びる」らしいが、それも恋愛対象にならない理由のひとつだ。  11月某日「見に来て」とあまりにしつこく言われ、剣道部の試合を観に行った。  言葉を失った。  普段ヘラヘラしてるくせに…。  面を着けた途端に人が変わった様に凛々しく、聞いた事のない声をあげた。  感じた事のない様な独特の空気感に息を潜める様にして、無意識に汗ばんだ拳を握る。  高く伸びる声と共に響く竹刀の音。  3つの赤旗が上がり試合が決着した。  勝利した喜びは見せず、素早く試合開始時の場所に戻って行く。  美しい所作で刀を納め、礼。  退場し、面を外した後すぐに橙司がこっちを向いて、いつもの笑顔を見せた。  その後…橙司は決勝まで進み、個人戦準優勝という我が校剣道部始まって以来の成績を残した。  どうしよう…。どうしたんだろう私。  心臓がうるさい…。
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