死にたがり魔王と繰り返す勇者の話

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目の前に現れた狼型の魔物に、俺は素早く剣を抜き何一つ動じる事なくその首を胴体から切り離した。 国宝らしい聖剣に滴る血液を魔法で浄化し、鞘へと収める。城から旅立って7日後。村に立ち寄った俺たち勇者一行は、"偶然"にも魔物の群れと遭遇し戦うことになった。もしこの場に俺たちがいなければ、今頃100人弱の村人たちは魔物の腹に収まっていたことだろう。 召喚された俺は最初から剣と魔法に優れ魔物をバッサバッサ切り捨てた。助けた村人からは感謝され、勇敢で勇者らしい振る舞いに、仲間たちは俺に称賛の言葉を与える。 なんて事もなく、この通り戦えるのは俺が繰り返してきたからだ。それも何十何百と。 飽きるほど同じ時間を。 始まりは必ず召喚の儀で、王様や煌びやかな格好をした偉そうな人たちに囲まれ、魔王を倒せと命じられるところから始まる。 当然最初は混乱して、一般人の俺に戦うなんて無理だと断った。当たり前だよな。俺なんて帰宅部のエースだぜ?得意科目は安定の国語。体育は3以上取った事ない。断るに決まってる。はやく帰ってゲームしてえ。今ハマってるアプリ、今日二周年記念とかで十連ガチャ十回無料なんだよな。 なんて事をつらつら考えてたら、神官みたいな格好のおっさんに無理やり薬を飲まされ自我を奪われた。薬瓶まるまる一本飲まされたとはいえ、速攻廃人になるなんて明らかにアウトでやばい薬だ。なんてもん飲ませてやがる、って今ならブチギレたね。そん時はなす術なく飲んだけど。 んで、なんか操られるまま剣握って旅に放り出された。恐怖心がないからかな、意外にも魔王城まで行くのにそう時間はかからなかった。 全身傷だらけだし、なんなら左腕一本失ってるけど。まあ傷だらけなのは俺だけじゃなく、仲間?っぽい騎士と聖女と魔術師もなんだけど。魔王討伐なのに人数少なくね?こちとらゲームじゃなくて現実なんですけど。異世界召喚勇者に丸投げせずにむしろ国の兵士総出で戦っとけ。 魔王と対面した時も、絶賛廃人化してるせいで危機感とか全くなかったけど、頭の片隅に残ってたまともな思考では"ああ、こんなもんかぁ。今度こそ死ぬかも"って思ったね。 魔王クッソ強い。ゲームやラノベでラスボスになるわけだ。ん?強いからラスボスなのか。まあどうでもいいや。 笑っちゃうよな。騎士の武器(なんか宝石とかごちゃごちゃついててめっちゃ高そう)は開始3秒で粉々になるし。魔術師の魔法も全く効かない、むしろ魔王に届くまでに魔法が消滅させられるし。聖女は魔王の覇気で回復魔法唱える前に気を失うし。聖女マジいらんかったな。 結局戦えるのは俺一人。 これなんて無理ゲー?なんて考えてるけど余裕なんて全くない。魔王はとんでもないスピードで斬りかかってくるしそれだけじゃなくバンバンでかい魔法も打ってくる。避けるだけで精一杯、攻撃する隙なんかありゃしない。 そう思ってたけど、ほんの一瞬攻撃が緩んだ。ここだって思って剣を振りかぶった時。 心臓発作を起こした。 原因はこの世界に来て最初に飲まされた薬だった。 やっぱやばい薬だったんじゃねえか!恨むぜおっさん!! 早鐘を打つ心臓に呼吸も苦しくなりその場で蹲る。魔王が攻撃してこないのは不思議だったけど、手を下されなくともこのままじゃどうなるかなんて分かりきってた。心臓の音が耳元で酷くうるさかったが、魔王が何か呟いたのは分かった。 薄れていく意識の中思ったのは、今月の小遣いガチャ課金しとけばよかった、だった。 「勇者召喚、成功だ!!」 ん? 聞き覚えのある台詞。見覚えのある玉座。王様に家臣、貴族っぽい豪華な格好のおっさんたち。まさしくそれは、俺が召喚された時と同じだった。 どうしてだ?俺はあの時死んだはずだ。魔王城で薬の副作用によって。 「勇者様、あなたはこの国を救う為異世界から召喚されました。どうぞ魔王を倒して下さい」 いきなりの分岐点だ。前回ここで断ったから薬を飲まされ、死因となる。この返答はイエス以外にありはしない。俺がはいと答えると、王様を筆頭におお!と喜びの声を上げた。勢い強くてちょっと怖い。 促さられるままなんやかんやと聖剣を手に入れ、仲間と共に旅に出た。ここでちょっと、いや、かなりの問題が起きる。前回俺が戦えていたのは、あくまで薬の作用によって恐怖心や痛覚が麻痺してたからだ。薬を飲んでない俺なんて一回死んだ経験がある一般ピープルだ。一般人は一回死んだら生き返らないけども。 前回ではすっげえ雑魚のウサギみたいな魔物でもかなり戦うのに抵抗があった。だってでかいだけで結構可愛い見た目の魔物なんだ。目つき悪いけど。ほとんどウサギだ。戦えっこねえわ。そんな感じで二週目は、魔王城に着く前に終わった。あまりにも早いうえに何も出来てない。 そんな感じで何度も何度も繰り返し、剣と魔法の扱いに慣れ、魔物との戦いに慣れ、強敵との遭遇イベントを回収した。 数えられないほど繰り返した甲斐があったのか、今回は魔王城にほぼ無傷で到着した。現実でRTAをこなす羽目になるとは。 とは言えあの魔王に勝てる気がしない。 なんせめっちゃ強いから!半端なく強いから!マジで何であの人(人じゃないけど)魔王なんかしてんの?ってくらい。もっと別のことに活かしてくれれば勇者召喚なんてならなかったのにな。 「ーーーで、やっぱこうなるわけだ」 いつも通りだ。 仲間は倒れ残るは俺ただ一人のみ。何度繰り返そうと、魔王とまともに対峙できるのは俺だけだ。勇者と言うアドバンテージと、主人公補正でなんとか魔王と渡り合える。 例え一人であろうと、それでも今度こそこの繰り返す世界を終わらせなければならない 荒い呼吸を整え、ふっと深く息を吐く。疲労にふるえる両腕を叱咤し、ぐっと剣を構える。 魔王との距離はおよそ10メートル。しかし距離を詰めるのは一瞬だ。お互いの刃がぶつかり合い、金属特有の高い音を響かせる。剣戟は長く続いたが、こちらが不利な状況だった。魔王に一つ傷をつける間に、俺は3つの傷を受ける。 やっぱ魔王ってーーー強いわ。人間が相手にするもんじゃない。ここまでくると魔王を殺させない世界の意思でも働いてるんじゃないかってくらいだ。 「ぐっ!」 「どうした、勇者?動きが鈍ってきてるぞ」 こっちは必死に剣を振っていると言うのに、余裕の様子で魔王は笑っていた。いくつか傷を負っているが、どれも浅い。軽口を叩く余裕があるわけだ。対して俺は、致命傷になる怪我はしていないものの、残りの体力と魔力を考えると勝利は絶望的かもしれない。 また負けるのか? 今回は今までで一番"上手く"振る舞えた。仲間との絆、最短ルートでのイベント回収、効率的に稼いだ経験値。ゲームの効率厨も真っ青なほどに俺は上手く立ち回れたはずだ。これでも駄目なのか?それなら次はどうすれば良い? 魔王を倒すために俺はどれだけ死を繰り返せば良い! 「くそったれ!何回負ければ俺はあんたに勝てる!!」 魔王にとっては意味不明の言葉だろう。この世界が繰り返している事を知っているのは俺だけだ。王様も神官も騎士も魔術師も聖女も、何度も何度も命を救った村人も。今の俺だけを知る奴らは、召喚勇者がまさしく勇者のらしい存在でさぞかし喜んだだろう。魔王を倒すために迷わず旅に出て、命の危険を孕みながらも果敢に魔物と対峙し、困っている弱者を助ける。 誰も知らない。その選択肢は俺が望んだものじゃないと。魔王討伐を受け入れなければ廃人になって死ぬからだ。魔物と戦わなければ強くなれず死ぬからだ。弱者を助けなければ、"勇者らしからぬ"、ただそれだけの理由で敵意を抱き牙を剥くからだ。 死にたくないから戦うだけだ、お前たちは俺のことを何も知らない! 「お前は知っているのか?」 「え?」 その問いに、俺は間抜けな声を出す。先ほどまでの剣戟は止み、魔王は構えていた剣を下ろしていた。 「この世界が繰り返している事に」 「ッ!」 魔王の言葉に、はっと息を呑む。繰り返す世界に気付いているのは俺だけだと思っていたが、その言葉が本当なら魔王もまた気付いていると言う事だ。 「何度目だったか、相対するお前の目に光が宿る様になった」 「え?」 それはおそらく、魔王討伐を断り薬で廃人にされた後の事を言っているのだろう。しかしそれなら"何度目"と言う表現は不自然だ。 それではまるで、それ以前に何度も俺が魔王と戦っているようなーーー。 そこまで考え、背筋にぞくりと寒気を感じる。しかしそれを確認するには勇気が必要だった。 「・・・なぁ」 知らず乾いた喉が張り付き、思った以上に掠れた声が出た。 「それはどう言う事だ?俺が薬を飲んだのは、一回だけのはずだ」 「薬?ああ、そう言うことか。どうりで自我のない人形の様だったわけだ」 魔王は首を傾げると、つまらなさそうに呟いた。剣を鞘に戻しこちらへ向き直すと、ふん、と小さく鼻を鳴らす。 「相変わらず彼の国は愚かだな。そんなんだから、世界が納得しないんだ」 「は?」 「いつしか自我を持って俺に剣を向ける様になったと思ったが、その時からだな?この世界が繰り返している事に気づいたのは」 その言葉だけで当たってほしくなかった仮説が正しいと分かる。すなわち俺が繰り返しを自覚する前から、何度も廃人となり魔王討伐を行なっていた事になる。その事実にぞくぞくと体中に寒気が走る。もし気づかなければ、何度も同じ過ちを繰り返していただろう。魔王と今こうして言葉を交わす可能性など無かったに違いない。 「ああ、そうか。おそらくあの独り言が」 ガラス玉の様に透き通った赤い目が向けられ、どくっと胸が高鳴る。 「お前があまりにも同じ死に方をするから、さっさと俺を殺せと呟いたんだ」 しかし次の言葉で、ざっと血の気の低音がした。 「魔王が勇者に倒されてこそ、世界は納得し物語を終えることができる。強制力とでも言うのか、この世界が納得する様な"物語の終わり"を演じなければ、同じ時間を何度も繰り返す」 「物語の終わり?意味がわからない」 「そうだろう。俺にもわからないからな。ただ分かるのは、俺に与えられた"役"が魔王であり、それらしい振る舞いをしなければ行動を起こす前まで時間が戻り繰り返すという事のみ」 疲れた様に目を伏せる魔王の姿に、ふっと最初の頃を思い出す。薬に侵され心臓発作を起こした時の話だ。剣を交えている時、一瞬魔王に隙ができた。もしあの時発作が起きなければ、確実に致命傷を与えられていただろう。もしそれが、魔王があえて作った隙だったとすれば? 「魔王と言う存在であり続ける事に、疲れたんだな」 "勇者に倒されるという当たり前の物語"を終わらせるために、世界の干渉を受けない程度の自殺を試みた。それも発作の所為で叶わなかったが。 俺の言葉に、魔王が反応を示すことはなかった。だが魔王の目は、絶望と諦めの感情を携え言葉以上に雄弁だった。 それを見て、俺ははらわたが煮え繰り返るほどの強い怒りを覚えた。 世界の強制力?物語として成り立たなければその力が働く?そんなくだらない事の為に俺たちは苦しんだのか? 納得できるわけがない。 なんだそれ。それなら、勇者が魔王を倒すなんてボロ雑巾並みに使い古された展開より、もっととびきりドラマチックな方が良い!! 「物語の終わりに相応しければ、強制力は働かないんだな?」 「そうだ。だが、"勇者が魔王に勝ち世界に平和が訪れる"事以上にふさわしい終わりなどあるわけが無い」 王道であるが故、最も綺麗な終わり方。確かにそうなんだろう。でもそれは、俺に取ってのハッピーエンドじゃない。 クソほどどうでもいい世界の為に、やりたくも無い勇者としての義務を何度も繰り返し果たそうとした。この繰り返す世界から抜け出す為に。ただそれだけを求めて魔王を倒そうと立ち上がった。そらこそ気の遠くなるほど。 この世界の都合? そんなもん、クソくらえだ!! 「俺と一緒に、この世界へ喧嘩を売ろうぜ!」 この世界に来て、初めて心から笑った。目を見開き驚いた表情を浮かべる魔王に手を伸ばし抱きしめると、逃げられる前に転移魔法を使う。行き先は、魔王城の最上階。 ーーー寝室だ。 「ばっ馬鹿者、何をする気だ!」 「大丈夫痛くしないから!」 「そんな事は聞いてないっ、脱がすな!」 素早くベッドに魔王を寝かせ、抵抗される前に覆い被さりシャツのボタンを外す。シャツの隙間から覗く肌は思った通り、白くきめ細やかだ。掌で撫であげれば、驚くほどしっとりとした触り心地を感じる。 「あっ、触るな・・・!」 胸元を撫で上げる時、指先に引っ掛かりを覚える。そこへ触れると魔王が耳障りの良い声をあげるので何度も指先を往復させると、柔らかかったそこはいつしか芯を持ち始め弾力を感じる様になる。 「そこ、やめっ」 「うんうん、そこってどこ?俺にもわかる様に教えてくれるか?」 「ひっ、いっ」 きゅっ、と指先で優しく摘んでやれば、面白いくらいに魔王の肩が跳ねる。瞼をぎゅっと閉じ、与えられる感覚に耐える姿は健気で愛おしい。剣と魔法の世界で、"悪"と恐れられる事実が信じられない程に。 「繰り返す世界で、あんただけを見てた」 「ッ!」 魔王を倒す為に召喚され、魔王を倒す為に剣を持ち、魔王を倒す為に戦い、そうして何度も相対しーーー。俺の存在理由は、全てが魔王に直結する。執着と言う言葉じゃ生ぬるい。 「こんなのもう、愛だろ」 そう、愛だ。 どうしようもなく、俺は魔王に惹かれている。 平生であれば白い頬を赤く染め俺を見つめる魔王はとてつもなく可愛い。眉根を寄せ、口をはくはくとさせる様子も可愛い。 驚き無防備に開かれた唇に己のそれを重ねれば、魔王の目はぐっと開かれた。流石にキスをすれば噛まれるかもと思っていたが、予想していた抵抗もなかった為遠慮なく舌を絡ませに行く。 「んんっ」 「ふ、」 歯列をわり、相手の舌先を軽く撫でてから上顎を擽る。奥深くまで舌を滑らせ、再度舌同士を絡ませる。熱気を帯びた室内に、ちゅ、と水音が響く。息が続かなくなり一度唇を解放すれば、一筋の唾液がお互いを繋いだ。 「なあ、名前教えてくれよ」 「な、まえ?」 とろりと溶けた瞳が、のろのろと動く。思考力を失った赤い目は、祭りの日に屋台で売っているりんご飴みたいに甘く艶やかで、この上なく特別感を秘めていた。 「いつまでも魔王呼びじゃ色気がないだろ。因みにおれは勇人って言うんだけど」 「ば、お前、魔王に名前を教える奴があるか!」 さらりと名乗ると、魔王は蕩けていた表情をぎょっとさせ、潤んでいた目は剣呑な光を携えていた。先ほどまでの甘さなど一片も感じさせない。魔王の反応も無理はない。魔王に名前を明かすと言う事は、それだけの重さがある。それでも俺は態度を変えず、けろりと何でもない風を装った。 「うん?魔王に名前を教えるって事は、命を捧げるのと同じ、だったか。なら尚更だ」 その強大な魔力故か、魔王に名を知られれば、その存在は全てを縛られる。命令一つにさえ逆らえなくなるのだ。死ねと言われれば思考するより早く体が動く。だからこそ、名を与えることこそがこの上ない恭順の証となる。 だからこそ"いい"。 鼻先がぶつかるほど顔を近づけ微笑んだ。魔王が瞬きをすると、長いまつ毛が俺の頬をくすぐった。 「あんたに俺の全てをやるよ。この世界に縛られるくらいなら、あんたの奴隷になる方が良い」 マシと言う意味ではない。むしろそれこそが、俺の望む事だ。こんなことで魔王の名を知れるなら、何だって差し出そう。 憎らしげに、しかしそれだけではない感情を浮かべた魔王は唇をきゅっと噛むと、暫くの逡巡を経て口を開いた。 「お前のような奴隷はいらん」 がん、と頭を殴られるような衝撃だった。断られるなど全く考えていなかった。仄暗く絶望にも似た思いが胸を占めるが、次に続いた言葉でそれも拡散する。 「奴隷はいらないが、対等な関係であるならお前の名前、受け取ってやる」 後ろに伸ばされた手が頭を掻き抱くと、グッと引き寄せられた。これ以上ないほどお互いの顔が近づいた。 「そしてお前に俺の名を与えよう」 魔王の手に促されるまま、その赤い唇に己のそれを重ねる。カチリと不意に頭の奥で音がすると、心臓付近がカッと熱を持つ。 「俺の名は"ルシアン"」 どくどくと鼓動がうるさい。いっそ心臓を止めてしまいたいほどに。それでも魔王、否、ルシアンが耳元で囁けば、その言葉は驚くほど鮮明に脳の奥へと浸透した。 「この世界に喧嘩を売る話、乗ってやる。お前の描く物語の終わりを、俺にも見せてくれ」 ああ、なんてこった! こんなにも彼が愛おしい。脳みそが沸騰しそうだ。激情のままルシアンの唇を貪り、全ての服を取り払う。途中で布が破れる音が聞こえたが、そんな瑣末ごと気にかける余裕もない。 水魔法で粘りのある液体を出し指を絡ませれば、立派な潤滑剤となる。静止の言葉がないのを良い事に、ルシアンの奥の窄まりへと指を伸ばす。 第一関節までうめると、ルシアンが小さく声を漏らした。不快感に寄せられた眉根が可哀想で、彼の顔に軽く口付ける。何度もそうしていると力が抜けてきたのか、ようやく眉間の皺がなだらかになる。 「はっ、ぅあ!」 「お、あったか?」 「そこ、あまり触れるな!」 指を根元近くまで沈め腹側を探っていると、"良い"場所が見つかったらしい。優しく指の腹でその場所を撫でれば、びくびくとルシアンの身体が跳ねる。声を我慢する様に口元を腕で覆っているが、それでも耐えきれずに小さく声が漏れていた。健気な仕草なぎゅっと胸が締め付けられるが、その小さな抵抗は封じさせてもらう。何故なら俺が声を聞きたいからだ。 声を抑える手に、俺は自分の手を絡める。もちろん反対の手も。いわゆる恋人繋ぎだ。そのまま顔の左右に手を縫い止めれば、これでもう抵抗はできない。 「ルシアンの声が聞きたい」 その言葉に、赤い目が溶ける瞬間を見た。 「ひぃ、あぁっあ!」 「くっ、あんまり締め付けるな。すぐイっちまうと、ルシアンだって楽しくないだろ?」 「はぁっ、ひ、んんっ、楽しい、とかそう言う、問題じゃ、あっ」 腰を打ち付ければ、濡れた音が部屋に響く。悦びを感じさせる嬌声に嬉しくなり、俺は一層繋がりを深めた。腹の奥深くまで貫かれ声を上げるルシアンは、涙に濡れるその目で非難の視線を向ける。潤んだ目で睨まれようとまったく怖くない。俺はふっと微笑むと慰める様に唇を重ね、舌を絡める。 水音に濡れ、肌と肌のぶつかる音が生々しくこの世界にきて初めて、今この世界こそを己が生きているのだと実感する。 「は、あ、名前を呼んでくれ。ルシアン」 この世界に俺の名前を呼ぶ人間はいない。何故なら俺は勇者で、それ以外の何者でもなかったからだ。求められる事もなかったし、さもなければ自分で名乗る事もなかった。俺が勇者であれば、何の問題もありはしない。 だけど今、この恐ろしくも美しい男を抱いているのは、勇者でも何でもない。"水瀬勇人"と言うただの男だ。ひとりの人間としてルシアンを愛している。 例え出会った理由が、勇者と魔王と言う存在だったからだとしても。 「俺も、同じだ。あの時、初めて光を宿した目を見た瞬間から・・・お前に惹かれていたのだろうな」 繰り返しに気付き、薬を飲まないことを選んだ。そして俺は生きるため、己の意思で魔王に剣を向けた。生に執着したその目は、さぞかしぎらぎらと光を放っていただろう。 「最後まで俺を愛してくれ・・・ユウト」 首の後ろに腕を回されきつくホールドされれば、触れ合った肌からルシアンの鼓動が伝わってくる。きっと俺の鼓動もルシアンに伝わっているだろう。どくどくと耳元でうるさかった鼓動がどちらの音かなんて、気にする余裕は既にない。 「ひ、あぁっ」 「くっ」 奥を深く穿ち、同時に果てた。 熱のこもった視線が交差した瞬間、荒い息が整う前にお互いの唇を貪り合う。熱い口内を存分に味わってから、緩やかに唇を解放する。 「この先何度繰り返そうと、ルシアンを愛すると誓う」 快感と熱に蕩けた赤い目を見つめながら、俺はルシアンと己自身にそう誓った。 「それなら俺も誓おう。俺が愛するのはただひとり、勇者でも何でもない"ユウト"、お前だけだと」 魔王らしからぬ、慈愛に満ちた微笑みで告げられた言葉に、ぼろりと涙がこぼれ落ちる。ルシアンの頬にいくつも涙の粒が落ちていったが、拭う余裕などなかった。 どれだけの時間、その言葉を望んだだろう。 今この瞬間が世界に認められなくとも、俺にとってのハッピーエンドはこれ以外に存在しない。 伸ばされた掌で頬を包まれる。指先から伝わるぬくもりが、現実だと伝えてきた。ルシアンの手に己の手を重ね、きゅっと力を込める。この存在を決して逃さない様に。 涙を流しながらも、俺は心からの笑みをルシアンへと向けた。 結果的に言うと、時間が戻ることはなかった。 俺にとってのハッピーエンドは、世界にとって納得のいくものだったらしい。 今では魔王城に二人で住み、楽しい生活を送っている。 「ルシアン!今日は質の良い魔物肉が取れたからテラスで焼いて食べようぜ」 「いいな、それに合うワインも準備しよう」 ワイングラスを二つ手に持ち、ルシアンがこちらへ向き直る。 その目には、かつての絶望も諦めも浮かんではいなかった。本来そうだったのだろう、光を反射する赤い目は宝石の様に輝いていた。その事実が嬉しくて、俺は自然と笑顔を浮かべる。 ルシアンに近づき唇を重ねると、彼は驚きに一瞬目を見張ったが、すぐに背中へ腕を回し体を委ねた。甘く感じる唇を堪能しながら、頭の中で勝利のVサインを掲げる。 世界が望む終わり型ではなかっただろう。それでもこれこそが、俺にとってのハッピーエンドだった。
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