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「あんた、神様やろ?また会ったなあ」
夕方、夏の木漏れ日が境内の中に差し込んでいる。究極的に温められた空気、吹き出す汗。
でも目の前で氷菓を噛み砕く神様は、汗一つ無く悠然と座っていた。金色の髪からチラリと見える虹彩色の瞳が、私を射抜いた。
「違うよ、って言ったら?」
「そんな耳生やして、人間のフリすんのもアホらしいやろ。嘘つくと舌抜かれるで」
男の声帯と容姿で紡がれる声は、あと十分この場に居れば全てを投げ出して自死を選んでも後悔が無い位綺麗で、私は危うく自分の舌を噛みちぎりそうになった。痛みで脳髄を染色しないと多分死ぬ。そういう類の、神様だ。
「あんたと会うの今日含めて九回目やで?前なんて自動販売機のジュース取り出すのに四苦八苦しよって、危うく缶コーヒー吹き出す所やったわ」
「それだったら声くらいかけてよ。髪の毛綺麗ですねとか今日もかっこいいですねとか」
「アホらし。ナルシストやんけ」
狐耳が左右に楽しげに揺らめいている。
微笑の奥に眠る感情は到底読み取れそうにない。私は舌を更に強く噛んだ。制服の内側では冷や汗がダラダラと流れ続けている。一瞬でも油断すれば命は無いし、油断しなくても助かる保証は無い。
一秒後に呼吸ができるか否か。
裁量は全て、目の前のそれ次第だ。
「そんなに怯えなくても、何もしないよ」
「怯えてなんか、ないわ」
欠伸をして縁側で寝転ぶ神様は、心底退屈そうな様子だ。声の僅かな震えを察知されたのが、さらに私を焦らせる。でも目は逸らさない。
「梨沙は、ここに来たんか?」
好きな花が彼岸花な、素敵な女の子だった。花屋では彼岸花はリコリスという名前で売られていたりとか、六百個以上の彼岸花を食べないと中毒死しないとか、そういう毒にも薬にもならない豆知識をドヤ顔で自慢してくる、ただの親友だった。
もう一度会えるなら、私は他に何も、
「愛園梨沙は、僕が食べたよ」
「……そうか」
肩の力が抜ける。
メールの最後があんな言葉だったから、やっぱりそうだったかと、奇妙な諦めが胸中に芽生えていた。何処までも冷たくて、底が見えない、そんな感情。でもその冷たさのお陰で、恐怖は凍った。
彼岸花を一輪、神様に投げた。
怯えるのはもうやめにしよう。
自分の呼吸なら、自力で掴んでやる。
「じゃあ殺すわ、あんたの事」
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