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「ありがとうございました」
また、簡潔な言葉だった。スープのお礼なのか、僕がここに居座った理由を悟ってのお礼なのかは分からなかった。それでよかった。
「気をつけて帰ってください」
そう言いながら立ち上がる。そろそろ僕も帰ろう。本当の意味で帰る場所なんてないけれど。
僕の家は、ここから歩いて十分くらいのところにある。高校に入ったら一人暮らしをしたいという要望はあっさりと通り、マンションの一室に住んでいる。住めればどんなところでもよかったのだが、父親の矜持か、同情か、贖罪か、学生の一人暮らしにしては大きい部屋だ。
父親は会社の社長で、経済的には余裕があった。僕は父親が結婚する前に交際していた人の子で、母親は九歳のときに亡くなった。それまで母親と二人暮らしをしていた僕は父親に引き取られた。どうしてもっと早く来なかったんだ、どうして母親と結婚しなかったんだと責めたかった。責めたってどうしようもなかった。
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