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朝、豆を挽く。 ゴリゴリという音と共に、香ばしい香りが辺りに広がる。 お湯は熱々に沸かしている。 豆を挽き終えた頃には丁度良い温度になるよう、精密機械のように、この体が覚えている。 今日の朝刊を手に取る。 紙面には、何年か前に世間を賑わせた、新型のウイルスについての記事があった。 徐々に収束を見せている様だが、未だにマスクは手放せない。 時計を見ると、時刻は八時で止まっている。 いつも通り、時間ぴったりだ。 「行ってきます」 いつもの朝を迎えながら、私は、家を出る。 駅のホームから見える桜の花びらが、空を温かな桃色に染め上げている。 『…間もなく、…番線ホームに電車が参ります。黄色い線の内側まで…』 アナウンスが構内に流れる。 電車が、減速しながら私の目の前に停車する。 「何処に行かれるんですか」 「……え?」 目元まで深く帽子を被った駅員が、私に問いかける。 「そんなに急いで、何処に行かれるんですか」 私は、駆け足になる事なく、いつもの時間通り、悠々とこのホームまで来た。 急いでいる様子など、微塵もなかっただろうに、この駅員は何を言っているのだろうか。 駅員の問いかけを無視し、私はそのまま電車に乗り込んだ。 「今日も頑張ってるね」 上司が、マスク越しに話し掛ける。 「仕事ですから」 マスク越しに、私も答える。 「恋人とは上手くいってるの?」 「ええ、まあ、ぼちぼち」 今日も、一日が終わる。 繊細に噛み合った歯車が回りながら、何の変化もない、いつも通りの一日が。
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