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「また君に会えるなんて」
僕は用意していたセリフを告げた。目の前にいる少女は、あの人にそっくりだ。不安をにじませつつも、毛を逆立てる猫のように睨みつけてくる目も、大の男に敵うはずなんてないのに、戦おうとしている強気な性格も、こっそりとランドセルの防犯ブザーを引こうとしているその賢さも……
「ちょっと待って!」
感傷に浸っている場合じゃないと、ぎりぎりのところで気付く。ここは家がたくさん並ぶ通学路だ。ブザーを鳴らされたら、すぐに人が来てしまう。そうなれば計画はすべて水の泡になってしまう。彼女の手を抑えようとした瞬間、
「来ないで!」
ブザーに手をかけたまま、少女は叫んだ。
「これ以上近付いたらおじさんの人生終わるよ」
確かに、と思いながら僕は両手を上げて何も持っていないことをアピールした。
「分かった。これ以上近付かないし、君には何もしない。約束する」
彼女はきゅっと唇を結んだ。人を疑っているときの仕草まで、あの人と同じだった。
「あんただれ?」
あんた、という呼び方にほんの少しの胸の痛みを感じた。彼女は何も悪くないと分かってはいるのに。むしろ今こうして話してくれているだけでもありがたいほどだ。
「落ち着いて聞いてくれ。僕は未来の君の旦那さんなんだ」
「は……?」
「君を救いに来た」
不信感に満ちた目で、じっと僕を見つめている。
「これが証拠だ」
僕は胸ポケットから古びた一枚の写真を取り出した。そこには少し若いころの僕と、その隣に女性が一人写っている。その女性は、目の前の少女にそっくりだ。
「これ……」
「そう、未来の君だ」
少女は写真の中の僕と、現在の僕を見比べている。
「……救いに来たってどういうこと?」
恐る恐る発せられた少女の言葉に、心の中でガッツポーズを作る。どうやら信じてくれたみたいだ。しっかりしているとはいえ、まだ小学二年生。うまく騙されてくれたようだ。
「君は病気にかかって若くして亡くなってしまうんだ」
「え?」
眉が八の字にゆがめられた。早くに死ぬなんて言われたら、怖いだろう。当然の反応だ。
「でも、大丈夫。それを回避するための方法を教えに来たんだ。僕の言うとおりにしてくれれば、君はきっと助かる。聞いてくれるね?」
少女は少し悩んだそぶりを見せたけど、すぐに首を縦に振ってくれた。
「ありがとう。といっても君がすることは難しくない。君のお母さんに病院に行ってもらうように頼むだけだ」
「お母さんに……? どうして私が死ぬのとお母さんが関係あるの?」
「君の病気はお母さんから移ってしまうんだ。理由は難しいから省くけど、とにかく、お母さんに今すぐに病院に行ってもらってほしい。それだけで十分だから」
「よく分からないけど……。それで私は助かるの?」
「あぁ。約束する」
「分かった。やってみる」
くるりと身を翻して駆けていった彼女の背を見つめる。
「これがバレたら怒られるな」
けど、許してほしい。君は信じてくれないかもしれないけれど、今も昔も、君が大切なのは変わらないんだ。
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