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 高校の保健室へ戻ったのは、我が主の魂が身体を抜け出してから九分三十秒後のことだった。  我が主は私に「じゃ、あとよろしく」と言い残し、半透明のからだでベッドに横たわる本体の胸もとへと飛び込んでいく。魂が抜け、仮死状態となっていた我が主の身体はたちまち生気を取り戻し、健やかな寝息を立て始めた。ここまで見届けるとようやく私は安堵する。十分間というタイムリミットは、長いようで案外短い。  胸をなで下ろし、私も男子高校生の姿に化け直す。我が主はこののち、魂がからだを抜け出していた時間と同じだけ眠る。これは彼に特有の現象であり、私がかつて仕えた番人にこうして幽体離脱後に眠って身体を回復させた者はなかった。  やはり、どこか不都合があるのだろう。本来ならば番人のお役目は男児である我が主には務まらないことなのだ。  途中抜けした三時間目が終了するまであと五分ある。眠る我が主が授業に戻れることはないが、私は戻らねばなるまい。  我が主の足もとにたたまれている掛け布団を腹のあたりまで掛けてやる。閉まるカーテンの隙間を抜け出すようにベッドを離れた私を、養護教諭である青柳(あおやぎ)先生がちらりと見た。 「おかえりなさい」  事情をわかった上でそう言った彼女に、私は足を止め、カーテンの向こうを振り返りながら言う。 「十分ほど眠るでしょう。毎度ながら、ベッドを一つ埋めてしまって申し訳ない」 「おかまいなく。ここはそういう場所だから」  そういう場所。訳あって他の生徒とは足並みを揃えられない者の(つど)う場所、とでも解釈すればいいだろうか。 「先生」  ならば、と私は青柳先生に一つ問う。 「涼平が起きるまで、付き添ってもかまいませんか」  彼女は迷わず「どうぞ」と答えてくれた。体育の担当教諭ではない彼女だが、あと五分、私が授業をサボることを許可してくれたようなものだ。
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