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 自殺ではなく、真相は他殺。なるほど、自らの死に納得がいかないと主張するこの青年の心情は察するに余りある。 『〝鏡〟を見たのか』  私の問いかけに、宅間は『あぁ』と肯定の返事を寄越した。 『扉の横にあったあれだろ。見たよ。信じられなかった。自殺なんてした覚えはないのに、警察は俺の死を自殺だと決めつけてた』  怒りと言うより、恨みの感情のほうが強そうだ。自らの死そのものに納得がいかず、なおかつ現世での対応にも不満がある。これまでにも幾度となくこうした事例を見てきた私に言わせれば、彼は〝鏡〟を覗くべくして覗き、冥界の扉をくぐるべくしてくぐった。そう理解する以外にないだろう。  冥界の扉の横には、現世の様子を覗き見ることができる大きな鏡が備えられている。なんという作品だったか、人の世には魔女が「鏡よ、鏡」と問いかけ、魔法の鏡に自分を世界一の美女だと答えさせる物語があったかと思う。ちょうどそれと似たような形をした黒縁の鏡を想像してもらいたい。冥界にはそれがある。  もちろんその鏡が「あなたが一番美しい」と魔女を映して答えることはなく、冥界の鏡が映し出すのは、覗いた者が見たいと望む現世の様子である。生き別れた妻子は息災にしているか。やり残した仕事は誰が引き継いでくれたのか。あるいは今回のように、自らの死に疑問を持つ者が現世の状況を把握しようとするケースも見受けられる。そうした場合はたいてい悪い結果しか得られず、扉を開いてしまうことになり、私の出番がやってくる。  冥界からの脱走は、どのような理由があろうと決して許されてはならない。私の役目は、扉を開き、現世に舞い戻った者を食い殺すこと。  私は手にしていた白い札を、すやすやと眠る我が主の枕もとにそっと置く。今の宅間の話を聞いた彼がなにを言い出すかと考えただけで頭の痛い話ではあるが、ひとまず現時点で私にできることをやっておく。
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