奇縁氷人石

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 どこか高慢さのある女性の声がした。自分と同じ二十歳前後だろうか。巫女装束で(ほうき)を持ち、境内の掃除をしていたらしい。御利益などない、というのは不味(まず)かったな。だが、待てよ、口には出してないはずだが。そう思い、どう応えるか迷っていると、強い風が吹き、濃い梅の匂いがした。  天神様の和歌を思いだす。  東風(こち)吹かば 匂いおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ  飛び梅は春一番に乗って太宰府へ向かったのかもしれない。そんなことを思う。 「やれやれ、たんに失礼なだけでなく、妄想癖のある馬鹿か」  と言いながら、巫女さんが紙を拾いあげた。よくみると奇縁氷人石に貼られていた紙であり、それを熱心にみつめている。口の悪さとは裏腹に、梅の花の咲く境内に立ち、真剣な眼差しを手元に落としている女性は綺麗だった。  しかし、境内には俺と彼女しかおらず、なにも話していないのに罵倒されているような気がするのは何故(なぜ)だろう。なんとなく気持ちがいい気がするのも何故だろう。 「そこの変態。おかしな目で我を見るな。おかしな耳で我の言葉を聞くな。殺すぞ」
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