0人が本棚に入れています
本棚に追加
その日の夕方、家に帰ると母から荷物が届いているのに気づいた。息子が宅配業者から受け取ったらしい。
「ママ、何これ? ばーちゃから?」
「さあ、なんだろう?」
息子と二人で、荷物をあける。中はナッツ、コーヒー豆、醤油、にがり、塩が入っていた。どれも意識が高そうなパッケージのオーガニック食品だった。思わずあの自然派ママの顔が浮かび「げっ」と言いたくなってしまった。
夏実の母も自然派ママとはいかないが、そういう傾向はあった。夏実が成人するまではそうではなかったが、定年退職後、ネットで変な情報を調べるようになってから、自然派に傾いているようだった。手紙も入っていて、添加物の危険性がダラダラとまとまり無く書かれていた。その手紙を読んでいると、オーガニックや無添加は頭を良くする作用は無さそうだと思ったりした。
「ママ、これどーするの?」
「うーん。あ、ご近所に自然派ママがいるから、彼女にお裾分けしましょう」
「グッドアイデアだね! 僕は意識高いの嫌いだね」
息子もケラケラと笑っていた。親子揃って、なかなか意地悪だが、添加物を抜いたぐらいでは、健康にはなれない気がしていた。
母からの荷物は、とりあえず廊下に放置し、夕飯作りに取り掛かった。
今日は豆苗と卵、ソーセージの炒め物だった。あとは、味噌汁、納豆、ご飯だ。母の手紙では、ソーセージは添加物だらけで食べるなと書いてあったが、そんな事言い出したらキリも無いというか、食べるものが無くなるのでは無いだろうか。それに病気の原因も色んな要素が絡むので、添加物だけ悪者にするのも違和感もある。
そんな事を考えながら、テキパキと腕を動かし、夕飯を作り終えた。それらをダイニングテーブルに並べ終えた時、夫が帰ってきた。夏実と同じ歳の夫だが、職業柄真面目を絵の描いたような男だった。
「おー、なっちゃん。今日も美味しそうだな」
「えへへ、ありがと!」
「ママ、さっさと食べようよ」
こうして3人で食卓を囲み、食べ始めた。食卓に味噌汁の良い香りがたちこめる。なんの変哲も無い家庭料理だったが、やっぱり家族で揃って食べると美味しく感じたりもした。
「ところで廊下にあった荷物なに?」
夫が聞く。
「ばーちゃんが送ってきたみたい」
息子が、ちょっとニヤニヤしながら答えた。この話の流れでオーガニック食材の話題になり、あの自然派ママの事も話してしまった。
「もちろん、可奈さんは悪い人じゃないと思うけど」
とってつけたように言う。良い人か悪い人か判断できるほど親しく無いのが現状だったが。急に飲んでいる味噌汁が塩辛く感じたりもした。
「ところで、本当にオーガニック食材っていいの?」
息子は豆苗の炒め物に入ったソーセージを咀嚼しながら質問していた。ぷりぷりのソーセージを見ていたら、夏実は悪いものだとは信じたくは無い。
「うーん、添加物は一応違法ではないし、大量に取ると危険ってケースが多いみたいだよ。うちもアレルギーの生徒がいるから調べた事があるけれど、必ずしも悪役ではない。添加物がなかったら、すぐ腐るし、今よりもっと不便な面もあるだろう」
夫の性格は真面目で信頼できる。夏実も思わず、コクコクと頷いていた。
「オーガニック食材でも具合悪くなるケースがあるらしい」
「えー?」
「嘘〜!」
その発言には、夏実も息子も揃って声を上げてしまった。
「農薬使わないから、その分カビが発生しやすいんだってさ。そのカビが体内で悪さをして、慢性的に具合悪くしたり」
それは初耳だった。しかし、可奈の顔色を思い出すと納得できる面も強い。確かに肌が白く綺麗だが、顔色は悪かった。意外と可奈は健康そうには見えなかった。
「どんな食材も一長一短だよね。健康食品しか食べられない精神疾患もあるみたいだし、そこまでくると本末転倒だね」
夫は少し呆れたように言う。確かにそこまで気を使うと、ミイラ取りがミイラになったような状態だろう。
「じゃあ、パパ。どうすれば良いのさ?」
息子は、ちょっと笑顔を浮かべて言った。
「大事なのは、バランスだね。特定の食材ばっかり食べて健康になれるほど、簡単じゃないんだろうね」
「そっかー」
夏実も息子も夫の意見に全面的に頷く。
「不摂生している人が長生きしたケースもあるわけで、命や健康を握っているのは、人間の努力ではどうしようも出来ない面もあるんだろうね」
「パパ、それには僕も納得だよ。学校の授業では、感謝して食べるのが一番だって習った!」
「だろう?」
夫はドヤ顔を作り、息子の頭を撫でていた。気づくと、箸もすすみ、食卓の上の皿や茶碗はすっかり空になっていた。
夏実は食後のコーヒーを淹れた。母から送られてきたオーガニックコーヒーを淹れてみた。バランスが大事だとしたら、こう言ったものを全部否定するのも違う気もした。
食卓はコーヒーの良い香りに包まれていた。カフェインレスなので、夜飲んでも大丈夫のようだった。
夫も息子もコーヒーをちびちびと啜りながら、サッカー選手の話題で盛り上がっていた。
二人の笑い声を聞きながら思う。
バランスが大事なら、自然派ママを過剰に嫌ったりするのも、違う気がしてきた。そういえば食べ物の好き嫌いが多い人は、なんとなく人間関係も悪くなっている事が多い印象だった。
SNSでは気が合わない人とは距離を取ろうととか、自分を大切にしよいうという意見がバズっていたりするが、本当にそれで良いのかわからなかった。明らかに嫌がらせ行為がある場合は、距離をとったほうが良いが、相手の事を何も知らないのに、一方的に悪く言ったりするのは、バランスが悪いのかもしれない。
人間関係も好きな人とばっかりいるのではなく、たまには違うタイプと話してみるのも悪くないのかもしれない。
母が送ってきたオーガニックコーヒーを啜ってみた。確かに不味くはなかった。
最初のコメントを投稿しよう!