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土曜日、夏実は、自然派ママである可奈の家に向かっていた。可奈の家は広く、井戸や畑もあった。鶏の鳴き声もするので、本格的に自給自足をやっているらしい。万が一食糧危機にでもなったら、可奈に食材を分けてもらえたりしないだろうか。そんな虫のいい事を考えつつ、可奈の家の前につき、チャイムを鳴らした。
「げ、何これ」
家の門のそばには、張り紙が貼ってあった。「この反ワクチン活動家! 消えろ!」と書いてあり、嫌がらせでも受けているようだった。嫌がらせはどうかと思うが、可奈にも落ち度がありそうで、夏実はモヤモヤとしてきた。とりあえず。張り紙を外し、カバンにしまっておいた。
しばらくすると、可奈が出てきた。相変わらず麻素材のワンピースを着ていた。やはり顔色は悪く、色白というより青ざめているようにも見えた。言われているほどオーガニック食材は、健康にしないのかもしれない。身体も痩せているが、骨っぽくて痛々しくもある。
「な、何? 夏実さんだっけ?」
「こんにちわ。これ、うちの母が送ってきたオーガニック素材のナッツや天然塩なんだけど、貰ってくれない? ウチだと子供もいるし、こういったものは食べないのよね」
そう言って、オーガニック食品が入った紙袋を渡した。可奈は納得いかないような、微妙な表情を浮かべて紙袋を受け取った。
可奈を見ていたら、痛々しい気分になってきた。そういえば彼女の笑顔を一度も見た事がない。自然派な生活は、彼女を幸せにはしていないようにも見え、心が痛くなってきた。
余計なおせっかいだと思ったが、加奈をカフェにでも誘ってみる事にした。隣町のモールには、ケーキバイキングもあったはずだ。今は七夕フェアで、アイスクリームやシャーベットも食べられるとチラシが入っているのを思い出す。
「え? ケーキバイキング?」
「ええ。というか、私も添加物に興味があるし、ケーキバイキングで食べられそうなものを教えて欲しいな」
それは嘘だったが、方便だ。
「ま、そういう訳だったら、付き合ってあげてもいいけど?」
加奈は偉そうだったが、強がっているようにも見えた。
こうして二人でケーキバイキングへ行き、店の奥の方の席に座った。店内は、土曜日という事で女性客で混み合っていた。
ケーキは、一つ一つは小ぶりだが、ショートケーキ、チョコケーキ、シフォンケーキ、チーズケーキ、フルーツタルトといろいろ並べてある。アイスもあり、こちらも食べ放題だった。パンやピザ、スープやサラダもある。ちょっとしたクッキーやチョコレートも置いてあり、もっと空腹にして来ればよかったと後悔するほどだった。
夏実はさっそくチーズケーキやフルーツタルトを盛り付けて座席に戻るが、可奈は一人俯いていた。
「可奈さん、食べないの?」
「食べないっていうか、添加物とかグルテンが気になるし……」
可奈は苦しそうに、自然派になった経緯などを告白した。夫に持病があり、薬や添加物を調べていくうちに、食べるものが制限されていったという。本当は甘い物も大好きだが、心にムチ打って我慢していると告白した。また、こう言った食生活のおかげで家族とも対立し、今はすっかり一人で食事中で、いくら良いものを食べても満たされないという。
そんな話を聞くと、やっぱり一方的に嫌う気持ちにはなれない。むしろ、夫に聞いた添加物の事をそのまま伝えた。
「大丈夫。たまーに美味しいもの食べても、バチなんて当たらないから」
夏実は、そう言って手付かずのチーズケーキやフルーツタルトの皿を加奈の前に差し出した。チーズケーキの表面はツヤツヤ、フルーツタルトの上のバナナ、りんご、キウィ、ベリーも蜜がかかり、てりてりと輝いていた。
「それに誰かと食べる料理って、きっと美味しいと思うよ。どう? 理屈じゃないと思うんだよね?」
そう言い、夏実はふわりと微笑んでみた。涙目になっていた可奈も、何か感じとったらしい。フォークを握り、チーズケーキの端を崩した。
おそるおそる口に運び、ゆっくりと咀嚼していた。こうして見ると臆病な子供みたいだった。
「あれ? 不味くは無いね?」
「でしょう。たぶん、このケーキも色んな悪いものが入っていると思うけど、たまにはいいんじゃない?」
「夏実さん、ゆるすぎだよ」
「いや、あなたが自然派すぎる気がするよ?」
いつの間にか、冗談を言いながら、二人で笑い合っていた。
そして色んなケーキやパン、サラダもスープも選んでみた。
二人とも重い皿を持ち、座席に帰る。
「可奈さーん、がめつく無い?」
「あなたこそ」
「まあ、たまにはいいよね」
「うん、たまにはいいね」
自然派ママの可奈とは月一回、こうしてケーキバイキングに行くようになった。彼女は相変わらず自然派をしていたが、こんな加奈を知っているのは、夏実だけだろう。
ちょっとした秘密を共有しているせいか、なんだか可奈とは仲良くなってしまった。食糧危機になったら、可奈の庭から野菜や卵をわけてくれる約束もした。
確かに加奈は良い人でもない。でも、悪い人でもないと思う。
たまには、こんな友情があってもいいんじゃないか。好きな人とばっかりいるのも飽きてしまう。夏実はそんな事を思ったりした。
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