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7点目 とある壺の話。
曲がれど曲がれど角が出てくる迷路のような路地を必死に走る男がいる。
男はハァ ハァ と息を荒らげながらも走り続けている。
時々後ろを確認するかのように振り返るその男の少し後を追っているのは金髪に柄物の服を着た複数人の男達。
「おいごら!まてやぁ!!」
暴言を投げかけながら逃げる男を追いかけ続けている。
曲がり角がこんなにもあるのに何故巻けないのか、男は絶望しながらも何とか逃げようとこの迷路のような路地を走り続けるのであった。
____________*
「なんだか外が騒がしいですね。」
骨董品を丁寧に拭いているミズキに向かってアヤメが声を掛ける。
確かにうるさいな、と手を止め外へ目を向けると丁度店の前を柄の悪そうな男たちが走り抜けていくところだった。
「ほんとですね。」
ミズキはアヤメに同調しつつ再び清掃を始める。
insensé は限られた人間にしか認識することができないが中からは外の様子が普通に見えたりするのだ。
ミズキは心の中で"やっぱりここは不思議だらけだな。"と呟く。
このお店にもシステムにもかなり慣れたつもりだが、まだまだ驚かされる事は多い。
遠くから騒がしい声が聞こえてき、再び店の前を走り抜ける。
そんな事が何度続いただろうか。
最初はその都度手を止め店の外へ目を向けていたミズキも気にすること無く清掃作業を行っている。
アヤメも特に気に留めることなくいつものように奥の方で本を読んで過ごしていた。
バンッ! …カランコロン
突然大きな音と共に来客を知らせるベルが鳴る。
ビクッ と肩を怯ませたミズキは慌てて笑顔を作り入口へと顔を向ける。
「いらっしゃいませ!」
できる限り笑顔で、明るく元気な声を出す。
店へと入ってきたのは、金髪に柄物の服を着た男だった。
男は肩で息をしながらミズキの方へとツカツカと歩いていくと、なにか写真のようなものを取り出し目の前へと突き付ける。
「おい、こんな男が入って来なかったか?」
ミズキは一目見て先程逃げてた男だと理解したが、勿論ここには入ってきていない。
「いえ。この方はご来店されてません。」
「ほんとか?匿ってんならてめぇも海に沈めんぞ!」
男の迫力にミズキは1歩後ろへと下がる。
「ほんとです。本日の来店はお客様が初めてで…」
奥からその様子を見ていたアヤメはクイッとメガネを上にあげ立ち上がる。
コツコツと音を鳴らしながら2人の元へ向かうアヤメの姿はどこか妖しさを纏っているようだ。
そのまま2人の側へ近付くと、何とか言葉を紡ごうとするミズキの前にスっと立ち、にこやかな笑顔を男へ向ける。
「いらっしゃいませ、お客様。本日は何をお探しですか?」
「はッ…」
強く言葉を発しようとした男はアヤメの何とも言えない圧のようなオーラに思わず言葉を失う。
「当店は、レンタル専門の骨董品屋でございます。もう一度お伺いします、何をお探しですか?」
「男!この男を探してるんだ。」
男は持っていた写真を今度はアヤメの前に突きつける。
「なるほど。あいにく人間のお取扱はしておらず申し訳ありません。
失礼な質問ですが、この方は借金の踏み倒しか何かをされているのですか?」
「ああ。俺ら金山組から金を借りてるのに返しに来ねぇんだ。搾り取れないと俺らの命が無くなっちまう。」
「お金は必ず搾り取らなければいけないのでしょうか?どこからともなくお金が湧いてくるとすれば、わざわざ追いかけなくとも搾り取ったフリも可能では…?」
「はぁ!?確かにそうだけど、どこから金が湧いてくるんだよ!」
突拍子もないアヤメの提案に男は元の調子を取り戻したかのように強めの口調で詰め寄る。
「当店は先程もお伝えしましたようにレンタル専門の骨董品屋でございます。レンタル期間は1週間。ただし、1週間以内に必ずご返却下さい。」
「だからそれがなんなんだよ!」
「ただ、骨董品屋とは名ばかりでして。当店は基本的に何でもお貸しすることが出来ます。
例えば、玄関に置いてるだけでお金が湧き出す壺や、履いてジャンプすればどこへでも行ける靴など。
靴を履けば、追いかける手間も省けますね。」
「はっ 、なんだよそのうさんくせぇ話。」
アヤメの言葉を男は鼻で笑いとばす。
「確かに胡散臭いかもしれませんが、試してみる価値あると思いません?1週間以内に返せば無料ですし。」
それを制したのは、意外にもアヤメではなくミズキだった。
ミズキは少し無邪気に、それでいてアヤメに劣らない少しの圧を背に笑顔で言う。顔はにこやかだが目は笑っていない。
先程まで自分に怯えてたはずの子供にじっと見詰められた男は頭の位置で手のひらを上向きにし肩を落とす。ドラマなんかでもよくある降参のポーズだ。
「分かったよ。じゃあ金の入ってくる壺を貸してくれ。」
「承知しました。ではお客様、お名前とご年齢、御職業をお教え下さい。」
「名前は、写金 トリオ。歳は26。職業は金融屋。これでいいか?」
男は抵抗することも無く自身の情報をアヤメへと伝える。
「トリオ様ですね。申し遅れましたが私は当店 insensé の店主アヤメと申します。さあ、ミズキも挨拶なさい。」
「僕は insensé の店員ミズキです!よろしくお願いします!」
アヤメに促されミズキもぺこりと挨拶を交わす。
「ではお品物お持ちしますので、こちらに掛けてお待ちください。」
アヤメはトリオを店の奥にあるカウンターへと案内する。トリオは促されるままにそこへと着席した。
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