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1点目 とある薬の話。
一人の少年がフラフラとまちを歩いている。
ボサボサの髪の毛に汚れた制服、
だらんと両手を下に垂らし歩くその姿はまるでゾンビのようだ。
服の隙間から見える少年の足や腕には紫色のアザがくっきりとついていた。
すれ違う人がみな彼を振り返って見ているが少年は気にする素振りもなくどこかへと向かって歩いていた。
その少年はやがて、街中から外れた場所へとやってくると一際大きなため息をつく。
そしてうつむき加減にだれにいうでもなく静かに呟いた。
「僕なんて死んでしまえばいいんだ。」
時刻は夕方を周り、辺りは赤く染っている。
サワサワと木々が揺れカラスがカァーカァーと鳴いた。
生ぬるい風が少年の頬をすり抜けていく。
ーーーーーーーーーーーと、"カランコロン"
ドアの開く音が鳴り、少年は思わず顔を上げる。
「ようこそ、insenséへ。」
不思議な雰囲気をまとった男が声をかけてきた。
少年には丸メガネをかけたその男が怪しそうに見えたが、聞きなれない言葉に男の発言を繰り返すしかできなかった。
「いん、、せん、す、、?」
男はクスッと笑い少年を店内へと招き入れた。
店内は狭いながらにも様々な骨董品が並べられており、少年はキョロキョロと見回しながら奥へと進む。
奥にはレジがあり、レジの手前には椅子が置いてある。男は少年をそこに誘導すると、どこからともなくお茶を持ってきて少年の目の前へと置いた。
「ここって、なんのお店なんですか、、?」
男の怪しげな雰囲気に少し怖気付きながらも少年が問掛ける。
「ここは、骨董品屋。と言ってもレンタル専門店ですがね。」
「骨董品屋、、?」
「ええ。骨董品とひとえに言っても基本的にはなんでもございます。例えば、あなたをいじめてる人を不幸に合わせる薬、とかね。」
男の言葉に少年は「え…」と思わず戸惑いの声を上げた。
男はそんな少年の様子を気にすること無く、少年の服の袖をめくりあげると、痛々しい痣へそっと触れた。
すると痣はみるみると薄くなり、そのうち完全に消えてなくなった。
少年は驚いた様子で綺麗になった腕を触る。
「痛くない。。」
痣はもちろん、痛みもきれいさっぱり無くなっているたのだ。
驚いている少年を見た男はクスクスと笑いながら
「私は、この骨董品屋の店長"アヤメ"と申します。貴方様は?」
と問いかける。
「……ミズキ、一宮ミズキです。」
「ミズキ様、では改めて御説明致します。」
男--もとい、アヤメは丸メガネをクイッとあげるとこの店について語り出した。
「当店は、骨董品屋という名目の元レンタル専門店を開いております。
基本的にはなんでもお貸しすることが出来ますが、必ず1週間以内に御返却ください。
御返却頂けない場合は、貴方様の身に何が降り掛かっても責任がとれません故、お気をつけ下さい。」
「なんでも借りれる…?」
「ええ。基本的にはなんでもお貸し出来ますよ。
故人ともう一度会いたいというお客様や
可愛い顔が欲しいというお客様、ペットを借りたいというお客様もいらっしゃいましたね。
ただし、期間は1週間。借りられるのはおひとり様いくつでも構いませんが同じものは一つだけです。」
アヤメは一呼吸置いて続ける。
「さあ、ミズキ様。あなたは何を借りますか?」
ミズキは、震えた声でたずねる。
「もし、1週間以内に返却出来なかったらどうなるんですか?」
「申し訳ございませんが、それはお答え出来かねます。他にご質問はございますか?」
「いえ。。えっと、じゃあ。。」
ミズキは何を借りようかと言葉に詰まった。
見兼ねたアヤメは
「では、お借りするものが決まりましたらお声掛けください。」
と一言伝え、レジ横にある骨董品を一つ一つ丁寧に拭き始めた。
ミズキは考え込んだ末に、最初にアヤメが言った言葉を思い返し、
「あの、僕をいじめて来る人たちを不幸にする薬って、ほんとにあるんですか?」
そう声をかける。
アヤメは何も答えずレジ横から小さな瓶のようなものを取り出すとミズキの目の前にカタン、と置いた。
「こちらでございます。」
「これが、、?」
「ええ。今回は薬ですので御返却は瓶のみで構いません。1日1回、就寝前にお飲みください。
5日分5錠入っていますので、5日間は必ず欠かすこと無くお飲みくださいね。
途中で飲むのをやめられますと、本来相手方にふりかかる不幸がミズキ様の元へやってくる可能性がございますのでお気をつけ下さい。」
ミズキは信じられない気持ちで瓶を手に取り眺める。
何の変哲もない瓶に、何の変哲もない小さくて丸い白の錠剤が5錠だけ入っている。
瓶のラベルには先程アヤメが言った言葉がそのまま書かれており、ミズキの気持ちをさらに不安にさせる。
「ミズキ様、お飲みされる前に不幸が降り掛かって欲しい相手の名前と顔、
それから具体的な不幸の内容を頭で強く浮かべてからお飲みください。
これらの行為に特に意味は無いのですが、私個人としては薬の力が強まると感じております。」
「……わかりました。ありがとうございます。」
ミズキは、不安なまま瓶をカバンにしまい店の外へ出た。
辺りは夕陽がとっくにさり薄暗くなっている。
先程まで生ぬるかった風は少し涼し気にかわってミズキの頬を通り過ぎた。
ふと振り返ると、先程まであったはずのお店が消えている。
「あれ、、?」
ミズキは不思議に思いながらも、薬の効果が気になり足早に家路を急いだ。
「ただいまー!」
灯りのついていないリビングに向かってミズキは元気よく声を掛ける。
父も母も仕事が忙しくほとんど家を空けている。
そなん環境だから返事はもちろん帰ってこない。
いつもなら悲しくなるところだが、今のミズキにはそんなことどうでもよかった。
テーブルの上には"温めて食べてね。"と書かれたメモと夕飯のハンバーグが置いてある。
ハンバーグをレンジに放り込んだ後、ミズキは急いでシャワーをあびる。
足やお腹には痛々しいアザが残っているが、腕のアザはきれいさっぱり消えている。
"あのお店はほんとにあったんだ!"
ミズキは改めて実感し、数分でシャワーを終わらせると、
既に温めが完了していたハンバーグを取り出し急いでかきこんだ。
鼻歌を歌いながら洗い物を終わらす。
ミズキはカバンから大切そうに、骨董品屋から借りた瓶を取り出すと1錠を口に放りこもうとし、動きを止める。
「先に、アイツらのこと考えるんだっけ。。」
そう思い返すとミズキは口に出して願った。
「モトナガ と アヤマチ が学校に来れないぐらい大怪我をしますように。。
ヤマギシ と ミヤマ が謎の高熱で苦しみますように。。」
そして、1錠を口に放り込む。
時刻は20時を回ったところだった。
まだ寝るには早いが、
"就寝前にお飲みください。"
というアヤメの言葉通り、
ミズキは2階にある自室への階段を駆け上がり眠りについた。
明日が楽しみで楽しみで仕方が無かった。
現在高校2年生のミズキは、進級と同時にいじめっ子グループと同じクラスになった。
最初はただからかわれるだけだったが、
そのうち暴力やカツアゲが始まった。
お金が無いと断ると蹴られた。
渡せるお金が少なくても殴られた。
明るかったミズキはみるみる暗くなっていった。
今日は死のうと、死に場所を探してさまよっていたのだ。
毎日が憂鬱で朝が来ることを恨んだ。
だからこそ、こんなにもワクワクして清々しい夜は初めてだった。
久しぶりに深い眠りへとミズキはつくことが出来た。
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