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「ああ。素敵」
そうだなと、メーテンはフォルツァの感想に同意した。
彼女の目の前には地球の樹木に似た、だが少し違う『植物』が『花』のようなものを満開に咲かせていた。
ここはコロニーの植物育成施設。彼女はそこの観察塔に上がって、艶やかに咲き競う木々を見下ろしている。観察塔のガラス越しに白い五弁の大きな『花』がそこここに見えた。
「この『植物』がコトリスの酸素供給源ね……栽培もうまく行ってるって話だけど、それよりも、綺麗ね」
綺麗だと思うと、その花も応えてくれる気がする。
「故郷のコロニーで見たアーモンドの花に似ている、かしら?」
ふっとフォルツァは過去を振り返った。家族、親戚、友人。彼らは二百年前の過去にいて、今、フォルツァはたった一人だった。いくら二百年後に復活したとしても、故郷は遠過ぎて訪れられないし、もし帰ったとしても、知り合いは誰もいない。
「ふふっ、でもこれからは新しい人生を生きれるの。二百年前には思いもしなかった技術も知識も手に入る!」
一瞬の郷愁をさっと切り替えて、フォルツァは未来に視線を向けた。
「この花みたいに、知らなかった物事をいくらでも知れるのよ。楽しいわね」
だがそれは私の人生で、私の楽しみだったはずだ!
この花を見て、綺麗だと言うのは私の権利なのだ!
私を返せ!
そのメーテンの叫びはかき消された。
「今日は一日私だった。やはり記憶の定着にある程度は時間がかかるのね」
私・フォルツァは冷蔵庫に貼り付けていたカレンダーを見て満足した。最近はあまり意識障害も起こらなくなり、一日の記憶がちゃんと残っている事も増えてきた。
「この調子でいけば、じき完全な私になれる!」
『私を殺すのかい?』
「いない人間の言葉が聞こえるなんて、この空耳やっぱり復活の副作用なのかしら?」
『私はここにいる!』
「私以外にフォルツァはいないんだし、クローンに罪悪感を抱く必要性もないのにね」
『私は確かにここにいるんだ!』
空耳もだんだん薄くなってるのを実感していた。空想上の誰かに、自分の存在を揺すぶられるのは正直に言って少しきつかったから、幻聴が消えかけているのにはほっとしている。
「さ、明日のプトレマイオスのプログラミング。重要部分に入るから気を引き締めていかないと」
でも、少し不安要素がある。
それは最近のプトレマイオスとの接続に前より時間がかかる事だった。プトレマイオスは私の生体認証に手間取るのか、接続許可を出す前に待機時間を置くようになった。
「プトレ、お前のマスターは彼女ではない」
私の思考がプトレを混乱させられるのは、ここ数日の実験で判明していた。私・メーテンの思考はフォルツァと接続しているAIを戸惑わせるらしい。
「プトレ、私こそがお前のマスターだ」
私は必死でAIに囁き続ける。うまくいくかも分からないが、私もフォルツァもAIもデータでしかない今の状況なら……もしかしたら、私の現状をひっくり返せるかもしれない。もしも魂があるなら、それに一番近いデータだけの姿になった今こそ魂の力を使う時なのでは?
「彼女はフォルツァ=リーではない」
そして、十数回目の再プログラミングの時、その状況はいきなり訪れた。
「マスターの接続データが重複しています。接続を解除し、正しいマスターに統合してください」
プトレマイオスの声でアラートが響いた。
「待ちなさい、プトレマイオス! 私はフォルツァ=リーよ!」
「彼女はフォルツァ=リーではない!」
『え!?』
メーテンとフォルツァの世界は瞬間的にぶれた。メーテンの願いどうりに。
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