霧の夜

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 霧が濃い。  こんな夜は決まって、ろくな事がない。  何十年とタクシー運転手をやってきたこともあって、その事を身に沁みて私には分かっていた。  視界不良。加えて日付を跨いだ深夜帯ということも重なり、私の口から零れるのは重たい溜息ばかりだった。  運良く終電を逃した客を捕まえられればいいが、駅前はすでに他のタクシー会社に占領されてしまっている。少し離れたところを回るしかなかった。  駅から離れた道はどこかうら寂しくもあり、都内からやや外れた地域というのも相まって人通りは皆無に等しい。  街灯が少ない道をヘッドライト頼りに、速度を落として進む。  遠くでぼんやりと信号機の赤い光が浮かぶだけで、民家が両サイドに転々と影を落としていた。まるで異界に迷い込んだような道なりに、私は恐怖心をかき立てられていた。  それでも職務をこなさねばと目を凝らし、見過ごさないように注意を払っていると、前方左手側にある舗道に、髪の長い女性の姿がぼんやりとだが目に留まった。  黒っぽい服装にも関わらず見落とさなかったのは、彼女の手にあった白い花束がライトに反射していたからだった。こちらに手を上げている様子からして、乗車希望なのは間違いない。  心臓が嫌な音を立てる。深夜に髪の長い女性、しかも視線はやや俯きがちだ。  はっきりとした姿ではあるものの、変に勘ぐってしまうのは、嫌な想像が頭をもたげたからだ。  それはタクシー業界でよく噂される、出会ってしまうという話だった。それももっぱら霧の夜道で。  それでもスルーして、クレームに繋がるのは避けたいと私は車の速度をさらに落とし、ウインカーを出した。  手に花束ということは送別会の帰りなのかもしれない。それにスーツを着ていることから、白のワンピース姿の女性という点でも相違があった。
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