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路肩に車を止めて、ドアを開ける。女性が乗り込んできたことで、車体が軽く弾んだ。
重量があることにホッと胸をなで下ろし、「どちらに行かれますか?」と声をかける。
しかし私の安堵とは裏腹に、女性ははっきりと言ったのだ。
「美原霊園まで」
私は思わず振り返り、「霊園ですか?」と聞き返していた。
さすがに深夜に女性一人で墓参りとは、にわかには信じがたい。
「お願いします」と女性は言って、私は仕方なく顔を戻してハンドルを握った。
アクセルを踏み、女性に言われた美原霊園を目指す。心なしか、すれ違う車の数が少なく思える。夜も更けているせいもあるだろうが、住宅地から離れた場所にある大きな霊園に向かっているのも要因だろう。
視線は自ずとバックミラーに向かってしまう。もしかしたら、女性が消えているかもしれない恐怖があったからだ。
女性は消えていない。しっかりそこにいた。それどころかバックミラー越しに目が合ってしまった。
「運転手さんは……このお仕事が好きなんですね」
唐突に女性が声を発した。静かな口調だったが、確かに私の耳に届く。問いかけではなく断定なのは、白髪交じりの私の頭を見て、長年ドライバーをしていると察したからだろう。
「ええ。もうかれこれ四十年近く、この仕事で食っています。たぶん死ぬまで、ハンドルを握ってるんじゃないかな」
幽霊かもしれないと疑ったことへの決まり悪さから、いつになく私は快活に答える。
「……そうですか」
それから女性は黙り込んでしまい、窓の外に顔を向けた。
私はまずいことを言ってしまったかと思ったが、何がいけなかったのか分からなかった。
車内は静寂に包まれ、暗い道を恐怖よりも気まずさが勝る中で目的地へと向かっていく。
ようやく霊園に辿りつくと、私はウインカーを出して、車を路肩に寄せた。
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