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たとえあなたに恨まれようとも
「――ぃ。おーい」
誰かが私を呼ぶ声がしますね。誰でしょう?
少し重い瞼を開けると、そこには黒い翼で仰いでくれている女の子が立っていました。女の子の背後から差し込む光は綺麗なオレンジ色で、もう夕方であることが分かります。
どうやら眠ってしまっていたようですね。仰いでくれている風が良い感じです。
「あ、起きた。珍しいわね。あんたがこんなところで昼寝なんて」
「おやおや、私としたことが」
私はソファから起き上がると、何となく女の子の顔を見て微笑んでしまいます。
「ふふ」
「どしたの? 私の顔になんかついてる?」
「いいえ。ふと、あなたがちゃんとここまで成長出来て良かったな~と思っただけですよ」
「はぁ? ま、まぁ、ちゃんと感謝はしてるわよ。ずっとお世話して貰ってるし。助けてもらった時の事とかは、あんまり覚えてないけど」
「いいんですよ。覚えてない方が良いことだってあるんですから」
「知らぬが仏、ってやつ? と、そんなことより今日の夕飯なんだけど――」
死とは救いである。
昔、そんなことを言っている人が居ました。死とは、あらゆる苦しみや束縛から解放することのできる手段であり、救済なのだと。
言われてみれば、そんな気もしますし。それは一つの真理なのでしょう。
特に、夢で見たような男にとっては救済であっただろうと信じています。妻に会えず、娘を捨てた罪に囚われ、誰もが忘れていくのをただひたすらに待ち続けるだけであった、あの男にはとっては。
今思い返してみても、やはり善行であったと私は思います。
ただ、今ふと思ってしまいました。もしもあの男が今も生きていて、この子に会えていたのなら、どんなことを思ったのだろう、と。
あの時みたいに盛大に土下座をしたのでしょうか?
それとも、会うのが恥ずかしいと遠くから眺めたのでしょうか?
「ちょっと白、聞いてるの?」
「え? あぁ、すみません。聞いてませんでした」
「もー。だから、今日はオムライスにしたいなって思うんだけど、どうって聞いてるの」
「あら、いいですね。……ん? 卵平気でしたっけ?」
「いや、私カラスだけどそういうの気にしたことないから。じゃ、決まりね」
彼女は呆れながらそう言うなりキッチンの方へと歩いていきます。
楽しみにしていますねと手を振り、歩いていく彼女の背中を見ていると、私はまたふと思います。
もし彼女が自身の出生について知りたいと願い、自分であの顛末にまで辿り着くことが出来たとき、彼女は何を思うのでしょう。
彼女に恨まれてしまうのでしょうか。この父殺し、と。そうなったら、少し寂しいですね。
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