「またお会いしましたね」

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 暗くじめじめとした、光も差すことのない地中深くの小さな牢獄。誰も訪れることはなく、堅牢な鉄格子だけが世界と男を隔絶している。  地中ゆえに音はなく、それでなくともこの場所には封印が施されている。言葉の通り隔絶されているのだ。  普通の人間であれば簡単に発狂し、または餓死出来たことだろう。  けれども男は違った。下っ端ではあったものの天狗の地位に付き、多くの任務をこなしてきた猛者である。  そして、男には最愛の妻がいた。彼女の事を思う度、男は狂いそうになる自我を必死になだめ、封印が解けることを待ち続けた。時の流れも感じられないこの場所で。  そんなある時、男の目に信じられないものが映り込む。人影だ。手に白い球のような、ゆらゆらと揺らめく火の玉を浮かべ、それが辺りを照らし出している。  白い着物、白い長髪、白い肌。真っ暗な空間の中にそれらはどこまでも白く、まるで神様とはこのような存在なのかと男は思った。  だが、男を見下ろす紅い瞳に感情はない。むしろ、忌避の目を向けられている気すらある。  はたして、視力を失っていなかったことを喜ぶべきか。男がそう思っていると、人影は丁寧な口調で語り掛ける。 「またお会いしましたね。お久しぶりです、掟破りさん」 「……っ!!」  掟破り。それはこの男がここに囚われる理由であり、部外者には知りえないものであった。  男は目を見開くと、忘れていた声を振り絞り擦れた声で答える。 「おまえ、なぜそれを……そもそも、ここにはどうやって」 「はぁ、まさかこんな形で再開するとは思いませんでした。その様子では、私のことも覚えていないみたいですし」  男の言葉を聞いてか聞かずか、女はため息をついて再び男を見やる。 「哀れなものですね。一時とは言え、私の目標ともなった方なのに。こうも落ちぶれてしまうとは」 「キサマ……い、いや、そんなことはどうでもいい!! 頼む!! 俺をここから出してくれ!!」 男は言いかけた言葉を飲み込むと、今度は鉄格子に食らいつくように懇願する。 「俺はここを出て、アイツに……妻に会いに行かなければならないんだ!!」    これは男にとってチャンスだと思った。  ただでさえ、この場所に来ること自体並の者に出来る芸当ではない。この牢だけでなく、いくつもの封印が道中に施されているのだ。  それこそ、上司ともいえる大天狗でさえ難しい。だからこそ、力の確約されたこの人物に頼るしかない。そう考えた。  そして、ここから出られれば、またあの幸せな日々に戻ることが出来る、と。 「おやおや。あなたも、ずいぶんと人間らしくなったものですね」  女のその言葉はどこか寂しそうで、どこか嬉しそうだった。しかし、男の望む答えを出してはくれない。 「ですが、あなたをここから出すことは出来ません。山の民に狙われたくありませんし。代わりにひとつ、大事なことを教えて差し上げましょう」 「……!!」  瞬間、男の背筋にゾワッとしたものが走る。直感的に、聞いてはいけない言葉であると理解したのだ。
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