「またお会いしましたね」

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「先ほど言っていた奥様ですが」 「やめろ!! やめろ、聞きたくない!!」 「まぁ、分かりますよね。既に亡くなっています」 「あ、ああぁぁ…………」  男はその場に泣き崩れ、嗚咽を漏らす。  正直に言えば、この女に言われるまでもなく、心のどこかで分かっていることであった。何も見えず、何も聞こえず、時間の流れも分からないこの場所に、自分がどれだけ居たのかなど知りようがない。だからこそ、生きていると信じたかった。信じ込んでいたかった。  それをこの女狐は……!!  そこで男の中にフツフツと怒りがこみ上げてくる。鉄格子を強く握りしめ、悲しみで歪む顔で女を睨み付けた。 「キサマは、キサマはそんなことを言うためにここに来たのか!? 俺を苦しめに、ここに来たのか!!」  男の悲痛な叫びは小さな空間に反響し、思った以上の大きさで女に叩きつけられる。だが女は顔を歪めることもなく、何事もなかったかのように平然と男を見下ろした。 「そうですね。このまま去るのも一興かとは思います。失ったことを知ったまま、ここで無様に朽ち果てて頂くのもいいかもしれません」 「クソッ、クソッ!! 俺になんの恨みがあるというのだ。この仕打ちはあんまりではないか」  その言葉を聞くと、女の耳がピクリと動く。 「いいえ。感謝こそあれ、私自身あなたに恨みはありません。それに、今はあの頃と違って善行を積むよう誓約を持って生きていますので」 「善行だと? 笑わせるな!! ならば俺を解放してくれても良いだろう!!」 「それは善行ではありません。掟を破ったのはあなたですし、ましてや脱獄の手伝いなど悪行でしかありません」 「ぐっ……」  まさに正論であった。男は力なくその場にへたり込むと、肩を小刻みに震わせる。そんな様子に女は逡巡するように目を瞑り、人差し指をピンと立てた。 「……そうですね。ではひとつ、情けを掛けてあげましょう」  来た!! と男は思った。  妻のことは残念だが、最早そのことはいい。外に出ることが出来れば、また新したな出会いもあるだろう。もしくは、生まれ変わった妻に出会える可能性もゼロではない。  男は必死の形相で鉄格子にしがみつく。 「なんだ、なにが望みだ!! 俺の力か? 手下になれと言うなら考えよう!! なんだってする」 「はぁ、希望を持つのは良いことですが……本当に堕ちましたね。ではひとつ質問します。あなたにとって大切なものは、本当に奥さんだけでしたか?」  男はキョトンとした顔で女を見上げる。  この女は一体何を問うているのだろう。自分にとってそれ以外大事なものなどなかったはずだ。そう、彼女以外には……。
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