「またお会いしましたね」

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 そこで一瞬、家の庭先を走り回る少女の姿が脳裏を過る。明るく笑うその笑顔を振り払うように首を振ると、男は絞り出すように答えた。 「……当然だ。俺は彼女のためであればなんだってした。例え、掟に触れようとも」 「あなた達の子である娘さんを捨てたのも、ですか?」 「あ、アレは……。アレは……!!」  女の言葉に男は狼狽え、格子を掴む手にグッと力を籠める。 「アレは、仕方なかったんだ。俺と妻の穏やかな生活を壊した、疫病神なんだ!! 捨てるしかなかったんだ」 「……」 「だからこそ、ああやって野良犬にくれてやった!!」  そこでふと、男は娘の行方が気になった。  掟を破った証拠になりえる娘を消す。そのために山に捨てたのだ。獰猛な獣の跋扈する、遠く離れた魔の山に。  男はその後どうなったのかまでは確認せず、早々に逃げ帰った。いや、見たくなかったといった方が正しいだろう。今更その後を知ったところでどうにもならないが、妻の死を知った今、娘の死もついでに知りたくなったのだ。 「お前は知っているんだな? アレがどうなったのかを。教えてくれ、アレはちゃんとエサになれたのか?」 「あなたという人は……」  女は男のどうしようもなく畜生な答えに落胆し、大きく肩をおとす。 「ふぅ。親としての愛を持っていたのなら、と思ったんですが……よもやここまでとは」  落胆した女の周りに一つ、また一つと白い火の玉が浮かび上がる。それはまるで夜空に光る星のように無数に増え、いつしか牢獄の中へも現れ始める。 「ひっ!!」  男は短い悲鳴と共に後ろに飛び退く。しかし、牢獄は狭く、すぐに周囲は火の玉で溢れていった。  「見苦しい最後はやめてください。せめて、初めて会ったあの時のように、紳士な仕事人だったあの頃のあなたで、逝ってください」  初めて会った時のように。そう言われて男はようやく思い出した。  真っ白な満月の日の夜、まだ未熟な烏天狗だった頃に着いた任務で出会った少女。いや、出会ったというにはずいぶんと殺伐としたものだったが。そんな少女の顔が、男の中で今かっちりと噛み合ったのだ。 「そ、うか。お前、あの時の狐か」 「おや? ようやく思い出せたのですね」 「ああ」  男は短く返すと胡坐をかいて姿勢を正す。 「ふふ。今更佇まいを直すのですか?」  「……我ながら可笑しいことをしているとは思うよ。君のことを思い出して、随分と冷静になれた」 「状況は変わりませんよ?」 「……」 「少しお話しましょうか」  気づけば小さな牢獄に鉄格子などなく、あるのは一面を埋め尽くす白い火の玉。そこに暗闇は一切なく、ただ白い光が溢れ、二人だけの空間がもたらされていた。
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