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「縁とは不思議なものだ。まさか、あの時とは反対の立場で再開することになろうとは」
「ええ。だから言ったでしょう? またお会いしましたね、と」
「ああ……。そして思う。やはり、あの時刺しておくべきだったなと」
「ふふ、それはどうでしょう? むしろ、今こうして最後に話せることに、感謝こそして下さってもいいのですよ?」
「はは、違いない」
談笑などいつぶりにしただろう?
……なぜこんなことになってしまったのだろう?
妻と出会い、恋をし、二人の間に子も授かった。自身の身分を隠し、妻と笑い合い、娘の成長を見守る。あぁ、本当にすべてが幸せだった。
男はいつしかまた涙を零す。幸せだった頃の記憶を噛みしめて。
もう、受け入れる準備は出来ていた。逃げる気はない。むしろ女には感謝している。
『善行を積むよう誓約を持って生きていますので』
果たしてこれが善行なのか、これはきっと誰にも分からないだろう。
チリチリと布の焼けるような臭いがしてくる中、女はふと思い出したように男に笑顔を向ける。
「そうでした。最後にお伝えしておきますね」
「なんだ?」
「あなたの娘さん。私が面倒見ますので、ご安心ください」
「そうか……」
娘が普通の人間であったならどれほど良かったか。人間であれば偽り続けられる自信があった。けれども、高熱を患い翼が生えたあの日。男にとってそれは、最愛の娘から危険すぎる悪魔へと姿を変えた。
全ては妻の安全のため、そして自身の保身のため。娘だったものを魔の山へと投げ捨て、知らぬ存ぜぬを貫き通した。
しかし、結果としてはこのザマだ。結局、娘を捨てようが捨てまいが、結果は変わらなかったのかもしれない。だとすれば、やはり道を間違えたのは自分だったのだろう。
「そうか、そうか……」
男は白い炎で燃え始めた体を懸命に動かし、女に向かって丁寧に土下座する。
「どうか、娘をよろしくお願いします」
「ええ。その言葉を待っていました」
男の言葉に満足したように女は微笑むと、それに報いるよう姿勢を正し、地に三つ指をつく。
「その願い。この白夜が確かに聞き届けました。ただし」
そこで女は悪戯っぽく笑う。
「先ほどの畜生発言分、しっかり苦しんで頂きますからね」
「……ふっ。女狐、め……」
その言葉を最後に、男の体はどさりと地面に崩れ落ちた。
燃える男の体は次第に見えなくなり、やがて牢獄の中を埋め尽くす白い火の玉と融合して一つの火の玉となる。これは男の罪を源として燃え続ける炎であり、弔うための炎でもある。
この炎が燃え尽きた時、男の魂はようやく解放されるのだ。罪、と言っても女の設けた物差し分であるため、きっと解放は早いだろう。
女は小さく合掌すると、牢獄から立ち去っていくのだった。
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