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彼が出掛けてから、そろそろ2時間が経とうとしていた。夕食を終え、ソファで1人くつろいでいた。
「まだ、お店なのかしら」
ちらっ、とスマホの画面を見たが通知はなし。きっとまだ、仕事だ。彼は仕事だと結構、時間がかかる。
まだ、当分帰ってこないだろうし。出掛けても……いいよね?
そう思い立ったら、後は行動するだけ。
私は急いでクローゼットの扉を開け、服を探した。ただ、デパートや買い物じゃつまらないし、少し琴葉のお店にでも顔を出してみようかしら?
確か、あそこのビルって叔父さんが経営していたし、経営者の姪が顔を出すくらいいいよね? というよりか、顔を出してあげてもいいよね?
せっかくだし、最近買ったばかりのワンピースにバック、一流品に身を包んだ私を見れば、分かるんじゃない?
頭が悪くて、勘も鈍いけど、ようやく住む世界が違うってことが。
ロイヤルブルーのワンピースに、アイボリーカラーのハンドバックを持って、私は家を出た。
ああ、どんな顔をするだろうか。心を躍らせながら、私はとうとうそのビルにやってきた。
一階の受付嬢に叔父との関係性を告げると、受付嬢は会釈をし、私を5階へと案内した。
「こちらでございます。お客様がおっしゃっていましたお店は」
「ありがとう」
「いえ、ではわたくしは」
お辞儀をすると、受付嬢はエレベーターに乗り込んだ。
さて、顔を出してあげるとしよう。
ガチャ、と重い木製のドアが開いた。店内は大きなシャンデリアがぶら下がっており、眩い光が溢れている。
店長はどこかしら? それに琴葉は―――
「おや、宮野のお嬢様。一体、どういう風の吹き回しですかな? 訪ねてくださるなんて」
7対3分けの黒髪に、タキシードに身を包んだ店長が私に声をかけた。
「お久しぶりですわ」
「来てくださって光栄ですぞ。さあ、ごゆっくりしてください」
「ありがとう。会いたい方がいるのだけれど、その方に案内してくださる?」
「そりゃ、もちろん。一体、誰ですか? あなたが会いたいという方は」
「琴葉という本名なのだけれど―――」
ふと、客席に目をやるとそこには私が愛している彼がいた。
「えっ!!?」
ネクタイと同じ色の長椅子に腰を掛けた彼の姿が、瞳に映る。
隣に座る女性は黒のレースがあしらわれた帽子で顔が見えない。でも、見覚えがある。どこかで、見たような……
「友都っ‼ どうしてここに? 仕事じゃなかったの⁉」
肩を強く掴み、訴える。
「―――璃々花」
「ねえ、何!!? 浮気!!? ふざけないでよ!! 友都ってば!!」
それでも彼の表情は変わらなかった。
「自分の気持ちに逆らわなかっただけ」
「どう……いうこと?」
「俺は元々、璃々花を愛してなんかない。ずっと、愛してる女性がいた」
「どういうこと⁉ ねえ!! 私の方に来たじゃないっ!! あいつよりを捨てて、私の方に!!」
「璃々花の方に行ったというよりかは……璃々花が奪ったんでしょ? 俺を」
淡々を告げられる言葉が、ぐさぐさと胸に刻まれる。
違う、奪ってなんかない。ただ、私が……
「そもそも、隣の女は何!!? キャバ嬢か何か? 帽子で顔が見えないけど、私の彼を奪うなんていい度胸じゃないっ‼ 顔を見せなさいよっ‼ ほらっ‼」
バンっ、と痛々しい音が店内に響き渡った。
彼の隣の女の頬は、みるみるうちに赤くなっていた。それを見た彼が、とっさに女を抱きしめた。
「宮野のお嬢様っ‼ 一体、どうしたんです!!?」
店長が私の腕を掴んで、身動きが取れないようにすると、私はぱたん、と地面に座り込んだ。
「どうして、友都はその女をそんなに大切にするの? 私よりも、その女の方が魅力的なの? 愛しているの?」
「璃々花、やっぱりおかしいよ」
「どこが? どこがおかしいのよ‼」
「狂気そのものだ、璃々花。歪んでいるよ、考え方が。お嬢様か知らないけど、我が儘だよ本当に。自分の思い通りするために、人を簡単に利用するな」
冷たく投げられた視線から目をそらせなかった。ただ、何も言い返せないまま地面に座っていることしか出来なかった。
そして額には、自分の愚かさ、劣等感が溢れ雫が流れ落ちた。
悔しい、もう終わりだ……。絶望に明け暮れていると、頬を叩いた女が立ち上がった。
「―――――あーあ、本当に自業自得だね」
嫌いな声が、鼓膜を震わす。
「人の彼氏を奪って、自分に元から去っていかれてあの時の私の気持ちが少しは分かった?」
私の顔を覗き込んだのは、あの琴葉だった。
「まあ、分からないかもだけど。ずっと、ずっーと嫌いだった、あなたのことが。これでようやく、絶縁できるわね。ありがとう、璃々花」
「琴……葉……」
「今すぐ、ここから去りたいくらいだけど最後に言うわ」
「ゆっ……許し……て」
「永遠にさようなら。あなたの人生はもう、終わりよ。これも、全て自業自得」
ピンヒールの甲高い音が、私に背を向ける。
「ま、待ってっ……!! 琴葉っ!! 待ちなさいっ!!」
「……」
私の声に聞くことなく、店から去ろうとする。
こんなはずじゃ、なかったのに……
私はただ、何も出来ないまま地面を見つめていた―――
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