第5話 即位式と、展示会と、政治会合

1/3
前へ
/16ページ
次へ

第5話 即位式と、展示会と、政治会合

 展示会の会場は、色とりどりの衣装を身に付けた女性たち、それからそのお付きの男性たちでごった返していた。 「大成功ですわね!」  傍らの女、一歳歳を取って今は十七歳の、侯爵令嬢にして売り出し中の服飾デザイナー、ヴィルヘルミーナ・フォン・リンスブルックは頬を紅潮させている。 「ああ」  俺は曖昧な返事をして、展示会の様子にまた視線を戻す。  新帝国暦一一三五年の年末が近づいていた。  新大公の即位式に招かれて、俺たちはヴォルハイム大公国を訪れていたのだ。と言っても、招かれているのはリヒャルト公爵とヴィルヘルミーナで、俺はあくまで公爵のお付きとして参加しているだけだったが。  即位式自体はつい先日終わったが、大公国はお祭り騒ぎで、あちらこちらで催し物が開かれているようだった。そして、このヴィルヘルミーナのドレスの展示会も、その催し物の一つだった。  この展示会の開催をヴィルヘルミーナに助言したのも、俺の姉のアリーシャだ。 「貴族の方々に向けた商いはこれまで、重々しさを重視していて、衆人の目に商品を触れさせるなんてことはしてきていません。でも流行に敏感な若い女性の心を捉えるには、こういったアピールの機会を活用していかなくては」  そんなことをアリーシャは言っていた。 「そういう大金持ちに訴えかけるには、舞踏会の参加者にでも着てもらった方がいいんじゃないか? こないだみたいに」  そう口を挟んだのは俺だ。 「いい質問だけど……ヴィルヘルミーナ様が、即位式の参加者と交渉して、シェアを即座に、大幅に奪えるとまでは思えないわ。他の業者もそれぞれ工夫を凝らしていることでしょうし。舞踏会でのアピールはヴィルヘルミーナ様ご自身に行っていただくとして、それとは別に顧客への直接のアピール機会を作るべき。それがこの、展示会ってわけ」 「……客層が不安だな。展示会には色んな種類の人が訪れるだろうし、そこに来る人々にヴィルヘルミーナのドレスが買えるのか?」  俺は頭を掻く。アリーシャの答えはこうだった。 「これは、あくまで宣伝活動。展示するドレス自体は高くても、売り物まで同じでなくてもいい。それに、大事なのは盛り上がり。皆が夢中になっていれば、大枚を叩いてもこの視線を独占したいと思うお金持ちだっているはずよ」  展示会の目玉は、ヴィルヘルミーナのドレスを着けた女性たちが、人々の前を歩いて見せるという趣向になっていた。どこから連れてきたのかと思うような見目麗しい女性たちだが、下品な意図を疑われないように、衣装の選択や展示の仕方、観客との距離、女性たちの表情や歩き方にも気を配っていたらしい。果たして目論見は成功し、彼女らを目にした観客の女性たちからはうっとりしたような溜め息が聞こえてくる。 「本当に素晴らしいですわ! ねえヨハン。アリーシャ様は、どこからこんな知識を得たんですの?」  感嘆の声を上げた後、ヴィルヘルミーナは首を傾げて、俺に向かってそう尋ねる。俺は頭を掻いた。 「俺にも、よく分からん」  アリーシャがどこからあの、謎の知識を得たのか。それは俺にとって、次第に大きな疑問になりつつある。俺は、つい昨日居合わせた会議でのことと、それにまつわるいくつかの物事を思い返していた。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加